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あれは忘れもしない、11年前の2月2日。
ラグビー好きの私は迷わず秩父宮へ向かいました。
 
全国社会人大会の決勝、
東芝府中vs三洋電機を見るためです。
遅れて会場に到着すると、会場はすでに満員に膨れ上がり、
バックスタンド隅の立見席(当時)にようやく割り込みました。
まるでラッシュの電車のようでした。
その時、前に立つ男性の背が高くて(私の身長は159cm)、
背伸びしてようやく見たのが、試合開始わずか10数秒で
東芝府中の村田亙選手が決めたノーホイッスルトライでした。
 
現在は「ヤマハ発動機ジュビロ」に所属している
村田選手引退の知らせを聞いて、
絶対にそのシーンを入れようと思っていました。
くしくも、ご本人がその試合を現役生活の中で
一番印象に残ったゲームとおっしゃっていたので、
その思いはより強くなりました。
 
村田選手のポジションはフォワードとバックスをつなぐ
スクラムハーフというポジション。
それまでスクラムハーフといえば、
FWからボールを受けて、すばやいパス出しをするという
イメージが強かったポジションですが、
村田選手は、類まれなるスピードを生かして
自ら突破するシーンが多くありました。
既存のスクラムハーフの概念を
変えた選手といっていいでしょう。
 
さらに日本人初のプロ契約選手として海を渡り、
フランスリーグに挑戦。
日本代表としても、史上最年長の37歳までプレー。
厳しいコンタクトプレーが多いラグビー界にとって、
彼はまさに「伝説の男」です。
 
そして、彼を支えた「家族」。
海を越える時も、迷っていた村田選手に
「行こうよ」と言った奥様。
そして4人のお嬢さんたち。
小さな娘さんが自分のプレーを覚えていられるような年まで
プレーしたいという強い思いがあったようです。
 
そんな村田さんをある意味誰よりも理解していたのが、
同じ40歳で、同じ「ジュビロ」所属、
さらに背番号まで同じ「9」をつけている中山雅史選手です。
(ラグビーはスタメンのポジションで
背番号が決まるので、ほんとに偶然ですが)
村田さんから「引退する」というメールがきて、
どんな言葉で表現すれば一番気持ちが伝わるか
真剣に悩み、何度も何度も消して
書き直したという話を聞いて、
常に真摯に相手に向き合う
中山選手らしいエピソードだと感じました。
同じ年のアスリートということで、常に刺激し合ってきた2人。
引退セレモニーの時、村田さんと
抱き合うシーンが、とても象徴的でした。
 
そのセレモニーで、
「自分の代わりに、ゴンがまだまだやってくれます」
と語った村田さん。
きっと、その言葉通り、中山選手は
今年も全力でピッチを駆けてくれると信じています。

石本瑞奈(GETSPORTSディレクター)

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