これまでの放送

  • 年別にみる
  • 地域別にみる
2025年8月23日葉月の肆

徳島・つるぎ町
~天空の郷 藍畑と古民家宿~

舞台は徳島県つるぎ町。亡き夫の故郷をもう一度元気にしたいと、藍を育て民泊を始めた枋谷京子さん(74歳)が主人公です。
つるぎ町で生まれ育った京子さんは、地元の保育所で事務員として働いていました。23歳のとき、つるぎ町出身で材木店の長男・秀信さんと結婚。新婚生活は神戸でのスタートでした。ところが間もなく秀信さんの実家の材木店が倒産し、2人は急遽つるぎ町へ戻ることに。秀信さんが倒産後の残務整理に追われる中、京子さんも2人の子どもを育てながら、生活のために化粧品の訪問販売の仕事に就きます。その後、秀信さんは新たに小さな材木店を立ち上げ、やがて暮らしも落ち着いた49歳の時、京子さんは念願だったエステサロンを開業。ようやく手にした安らぎの日々でした。しかし、ある日突然、秀信さんが腎臓ガンで倒れ、54歳で帰らぬ人となったのです。葬儀後、毎週のように墓参りのため秀信さんの故郷・家賀(けか)集落に足を運んだ京子さん。次第に過疎化が進む集落の変化を目の当たりにしたといいます。耕作放棄畑が増え、空き家も目立つばかり。「このままでは夫の故郷・家賀集落が廃れて無くなってしまう、なんとか再生できないか」そう京子さんは悩んでいました。すると、伝統農法などを研究している人物が家賀集落はその昔、藍染用に使う藍の栽培が盛んだったと教えてくれたのです。京子さんは「再び藍を育てれば、集落に活気が戻るのではないか」と考え、地元住民の手を借り準備を始めました。すると時期を同じくして、家賀集落を含む「にし阿波」地域が「世界農業遺産」に認定されたのです。そのことが後押しとなり、2019年、家賀で藍の栽培を復活させました。さらに、家賀集落を訪れる農業研究者や農業体験を希望する人たちが増えたので宿泊施設を作りたいと思い立ちます。こうして2022年、京子さんは古民家を借りて自然体験宿泊施設『家賀乃里・古城(こじょう)』を始めました。標高150から550メートルの山肌に広がる家賀集落は、空に近いことから「ソラ」とも呼ばれる、まさに“天空の郷”。その郷の傾斜地に広がる畑に今年も藍が実り収穫の時期を迎えました。
亡き夫の故郷に活気を取り戻したいと、藍の栽培と民泊を始めた京子さん。その思いに共感し家賀集落に集う仲間と地元住民との交流を紹介します。

築260年と云われる茅葺屋根の古民家を改装した『家賀乃里・古城』。囲炉裏で燻された真っ黒な梁や壁、戸棚が訪れる人に安らぎの時間を与えます。そして、羽釜で焚いたご飯に、収穫した藍や野菜の天ぷら、郷土料理を頂いたり、昔ながらの暮らしを体験することができます。

日本の山里の暮らしを体験してみたいと、オランダからご家族がいらっしゃいました。夕食に流しそうめんやトウモロコシご飯を食べ「デリシャス!」を連発。家賀集落での一夜を楽しんでいました。翌朝は、京子さんとボランティアガイドのサムさんの案内で家賀の散策です。かつて、住民の交流場所であった三方開きのお堂や「木造阿弥陀如来座像」に興味津々。さらに家賀集落を望む丘で、「ヤッホー!」と大きな声で叫び、“やまびこ”に挑戦していました。

段々畑ではなく、山の傾斜地をそのまま畑にする伝統的な農法で藍を育てている京子さん。この日は、藍の栽培を教えてくれた地元農家さんや活動に賛同してくれる仲間たちと藍の収穫です。収穫した藍は粉末にしたり、蒸して乾燥した葉を料理店に販売するなど全て食用として使っています。因みに蒸した藍は料理の出汁としても使うんだそうです。

藍畑に徳島県立池田高等学校の生徒たちがやってきました。授業の一環として食用の藍を学び、藍を使った新商品を開発して高校生のフードコンテストに出品する予定です。「どんな商品が生まれるのかワクワクする!」と京子さん。少しずつ再生の道を歩む家賀集落を見て、亡き夫・秀信さんも、きっと喜んでいますね。

楽園通信

家賀乃里・古城

京子さんが営む古民家の宿。
郷土料理を味わい、藍畑の草取りや野菜収穫などの体験が出来ます。
1日1組限定の予約制です。
日帰りの散策ツアーも開催しています。

【1泊2食付き】1人10,000円~
(時期によって変動あり)

日帰り散策ツアー
【昼食付き】1人5,000円~
詳しくは予約サイト・HPをご確認ください。