栃木・さくら市
~がんばれ!新米そば職人~

今回の舞台は栃木県さくら市。かつて宿場町としてにぎわった町の一角に、昭和レトロな雰囲気漂う白い木造の建物があります。今年7月、主人公がオープンさせたばかりのおそば屋さん『やまあおい』。店主の佐藤紀行さん(54歳)は、去年そば打ちの技を習得し、新米そば職人として店に立ちますが…。営業開始後に天ぷら油の準備を忘れるなどうっかりミスをしたり、お客さんをかなりお待たせしたりと、てんてこまい!忙しい時間帯は、パートで看護師として働く妻・あゆみさん(51歳)が休憩時間を返上し店を手伝ってくれます。
地元出身の紀行さんは、車の開発エンジニアとして働いていました。看護師のあゆみさんとは飲み会の場で偶然知り合い、約半年後にスピード婚。その後、紀行さんがアメリカ赴任となり、あゆみさんと生まれたばかりの長女・しずくさんとの海外生活が始まりました。異国の地で初めての子育てを経験したあゆみさんは大変な苦労をしたそう。帰国後はさくら市に新居を構え、あゆみさんは徐々に子育ての悩みも克服。しかし今度は紀行さんが仕事の忙しさに加え、ガソリンから電気自動車化へのめまぐるしい技術革新に「ついていけない」と感じ、窮地に陥ったんです。苦しそうに毎日溜め息をつく紀行さんに「やりたくないことはやめな」とアドバイスしたあゆみさん。そして紀行さんは53歳で早期退職。趣味の山登りを通じて元気を取り戻し、新たな生き方について考え始めます。ある時、行列の出来る美味しいそば店を訪ねた事で「こんなに人を魅了する仕事があるとは…これだ!」と思った紀行さん。早速横浜市にある有名そば教室『一茶庵』のプロコースで、イチから修行。市の開業支援制度を利用して建物を借り、今年7月に『やまあおい おそばと珈琲』をオープンしました。
店がある場所は旧奥州街道「喜連川宿」の本陣の一角だったそう。明治時代には警察署となり、昭和5年に建てられた現在の建物は48年前まで『喜連川警察署』として使われ、店内ではその名残を感じることができます。そんなお店の一番人気のメニューはシンプルな「おせいろ」。紀行さんは地元産の「常陸秋そば」の実を使い石臼で自家製粉、甘皮を残して一緒に挽く「甘皮挽きぐるみ」で粗挽きにします。一部はあえて細挽きにしてブレンドするのが紀行さんのこだわり。蕎麦の実の香りが強く歯ごたえがあるのが特徴です。オープンから3ヵ月、切った蕎麦が不ぞろいだったり、オーダーの天ぷらを揚げ忘れたりと、日々失敗しながらも、「美味しい」の声に励まされ、やりがいを感じている紀行さん。
新たな挑戦に奮闘する紀行さんと、夫を支える頼もしい妻あゆみさん。これからも、お二人を心から応援してくれる家族や友人と一緒に、素敵なお店にしていって下さいね!



紀行さんが使うのは、玄蕎麦の状態で仕入れる地元産の「常陸秋そば」。殻を取り除いて緑色の「甘皮」を残した状態に脱穀してもらっています。紀行さんはそれを電動石臼で自家製粉。粗めに挽いた蕎麦粉・そして粗挽きのままあえて残す甘皮・その甘皮のみを更に細かく挽いたもの、この3種類をブレンドするのが紀行さんのこだわりです。食べた時、ふわっとそばの香りを感じつつ、歯ごたえが違うそうです。つゆは、そば教室『一茶庵』で学んだレシピ。紀行さんはそば打ちにこだわり抜いた創業者・片倉康雄さんに憧れ、少しでも近づきたいと考えているそうです。そんな教室で学んだ通り、本枯節を使った濃厚なだしに、返しと酒を加えて煮立て、最後に焼いた鉄棒で混ぜて香りを出します。寝かせると美味しいそばつゆが出来ます。
営業日の朝6時、そば打ち開始です。自家製粉の蕎麦粉と小麦粉が10対2の「外二八」。美味しい湧き水を加えて丁寧にこねて薄くのし、そば包丁で細く切っていきます。しかし、そこは新米そば職人。すごく太く切れてしまったり、細すぎたりするモノも…。
もったいないですがそうしたものはなるべく外し、均等に切れたそばのみを使用します。



『やまあおい』は午前11時半の開店。週末はありがたいことに、すぐ満席になってしまいます。そんな日は新米の紀行さん1人ではかなりお待たせしてしまうので、あゆみさんに加え、長女のしずくさんや友人も助っ人に入ります。天ぷら付きのそばのオーダーが入ると、その都度小麦粉と卵、水をまぜててんぷら粉を作り、野菜を揚げます。その後、茹でたてのおそばと共に提供するのがこだわりで、調理は全て紀行さんがしています。まさに今、お客さんに出すそばを茹で始める、というタイミングで、しずくさんが「マイタケ無くない!?」と、マイタケの揚げ忘れを指摘。紀行さんが「やばい!」と急いで天ぷらを揚げようとすると、今度はさっきまでそばを茹でようとしていた釜の水が沸騰し大量に吹きこぼれ!こんな調子で、お店は度々てんてこまいな状態になり、提供するのに時間がかかってしまうんです。その後、やっとのことでお客様の元へ配膳できました。それでも皆さん温かく見守って下さり、「美味しい」と喜んでくれました。ありがとうございます!



営業後のまかないの時間。恒例なのが、あゆみさんがその日のおそばの出来をチェックすることです。無言で何もつけずにそばをすすり…「うん、すごい香り出てる。美味しいよ」と褒めるも、「まだやっぱ不ぞろいは不ぞろいだけどね。」と、指摘すべきことはちゃんと伝えます。そんなあゆみさんも最初は、「少しでも生活を楽にするため、収入を上げるよう努力もするべきだ」と厳しいことも言ったそう。すると紀行さんは「素人の俺が作ったそばを“美味しかったよ”とか、みんなが嬉しそうな顔をしてくれるだけで俺はすごく幸せだ」と返したといいます。そんな紀行さんのまっすぐな姿勢に、「この人はすごい!」と改めて感じたあゆみさん。紀行さんのやりたい方向でサポートをしながら休みを返上してまで一緒に店に立っているんです。実はあゆみさんも、いずれカフェもやりたいという夢を持っていて、お店では「自家製プリン」などあゆみさんの手作りデザートもお目見えしています。



定休日。紀行さんは、お隣・矢板市へ仕入れです。訪れたのは角田さんが営む農園レストラン『野の香』。家族でこだわりの農法で様々な野菜を育てていて、新鮮な自家製野菜を使った料理を出し、店内で販売もしています。紀行さんのお目当ては、天ぷら用の野菜。さらに、野菜を扱うプロの角田さんに料理の相談にも乗ってもらっています。「紀行さんは自分の所で粉を挽きたて、打ちたて、茹でたて、三たてで頑張っている、今まで食べた中で一番美味しいそば」と、べた褒めの角田さん。ありがたい先輩です。
さらに玄蕎麦を仕入れるために訪ねたのは、さくら市の農機具会社です。大場恵子さんは家族で農機具の会社を営みながら、広大な畑で蕎麦も栽培しています。実は大場さんは、紀行さんの中学時代の同級生のお母さん。紀行さんは幼少期に親が離婚し母親の思い出がほとんどないそうで、大場さんはお母さんのぬくもりを思い出させてくれる存在だと言います。そんな大場さんも「お店をやると聞いて嬉しかった、死ぬまで見守りますからね!」と、とっても温かい応援の言葉をかけてくれました。
紀行さんの父・喜久さんは「息子は子供の頃から性格は穏やかで。いい子だろ?」。確かにその通り!みんなに好かれる紀行さんは、本当に沢山の人に支えられているんです。




やまあおい おそばと珈琲
紀行さんが始めたばかりのおそば屋さんです。
そば職人・紀行さんはまだ新米。配膳までかなりお待たせしてしまいますので、どうか温かいお気持ちでお待ち下さい。
自家製粉のおそばは、一日20食限定です。
あゆみさんの特製スイーツもあります。
営業時間:午前11時半~午後2時半
定休日:木・金曜
おせいろ 1,000円
野菜天ぷらのおせいろ 1,300円など