岐阜・飛騨市
~祭りの町で復活!伝統提灯~

古い町屋や白壁土蔵が建ち並ぶ、飛騨市古川町。毎年4月に行われる「古川祭」が有名で、“飛騨の匠”の技の結晶とも言われる絢爛豪華な屋台がずらりと並ぶ姿は圧巻です。この祭りに欠かせないのが、各家の軒先につるされた提灯。昔から地域の職人の手により作られ続けてきましたが、最後の店の廃業で町には作れる者がいなくなりました。今回の主人公は、この伝統の「飛騨古川提灯」の製法を受け継ぎ復活させ、提灯職人となった野中早織さん(52歳)。夫の誠さん(59歳)もまた、先輩方からリンゴ農園を受け継ぎ、農業に勤しみながら妻を支えています。
飛騨市出身の早織さん。大学で建築を学び、金沢の建築会社に就職。その後、岐阜県に戻り現場監督の仕事をすることに。建築現場で出会ったのが、左官職人だった誠さんでした。この出会いがきっかけで2人は結婚、子育てをしながら共働きで家族を支えました。そんな中、50歳を過ぎたら仕事を辞め、何か他の事をしたいと考えていた早織さん。ある時、知人から「古川の最後の提灯屋さんが廃業した」という話を聞き、興味を持ちます。「伝統の技が人知れず消えてしまうのはもったいない。作り方だけでも知っておきたい」。最初はそんな思いだけで、廃業した『白井提灯店』の提灯職人だった数川寛子さんを訪ね何度もお願いすると、教えてもらえることに。数川師匠の元で提灯作りを一から学びました。その後、「飛騨古川提灯」の伝統を絶やしたくないと2020年、自宅の一角で『野中提灯』をスタート。これが一度は消えた古川の提灯店の復活でした。一方で、左官業を営む誠さんにも転機が訪れます。地元で先輩方が営んでいたリンゴ農園を7年前に受け継ぐことになり、農業中心の生活になったんです。
ご夫婦が楽しみにしているのが、年に一度2日間に渡って行われる「古川祭」です。300年以上の伝統があり、絢爛豪華な屋台が曳き揃えられ、夜はさらし姿の裸男たちが太鼓を打ち鳴らし揉み合う「起し太鼓」が有名。当日は早朝から、早織さんと先輩職人たちが作った「飛騨古川提灯」が町中にお目見えし、祭りを彩ります。夜になれば、各家につるされた柔らかな提灯明かりが町を照らし…そしてお2人も法被を着て屋台を曳き祭りを盛り上げ、遅い春の訪れをみんなで祝うのです。
伝統ある「飛騨古川提灯」の職人となった早織さんと、地域のリンゴ園を受け継いだ誠さん。お2人は互いの新たな仕事を支え合いながら暮らしています。どうかこれからも、伝統の灯を絶やさぬように守り続けていって下さいね!



飛騨市古川町は冷涼な地であり、遅い春の桜吹雪が舞う頃…。早織さんはとっても忙しそう。この季節はまもなく訪れる古川祭に向け、提灯づくりはより一層忙しくなるんです。多くの工程と時間を経て完成する「飛騨古川提灯」。提灯の基となる“型”や“面”と呼ばれる道具は、師匠である数川さんのご実家『白井提灯店』から引き継いだもの。割れを金具で留めたりと、修理し大切に使われ続けてきた跡が残る道具には、職人たちの魂がこもっています。型に竹ひごを1本ずつかけていく「ひご掛け」や、わざとしわくちゃにした「山中和紙」を土台に糊で貼り付けていく「紙貼り」などの工程を経て型枠を取り出すと提灯の「火袋」が出来上がります。続いては墨汁や朱の絵の具での「絵付け」。どれも最大限の集中力が必要な作業です。この後、待っている作業が「油はき」。100度ほどに熱したエゴマ油をさらしに含ませ、素手で提灯の火袋に塗り込み染み込ませていく、大変な作業です。早織さんは「あちちちち…!」と思わず声をあげながらも、素早く油を塗っていきます。その後、2日間干して上下の輪っかをとり付けると提灯は完成。町のあちこちへお届けに行きます。提灯が完成する頃、より一層、古川祭が待ち遠しくなるのです。



早織さんの作る「飛騨古川提灯」は、和紙をはじめ、「重化」と呼ばれる上下の輪っかなど、ほとんどが飛騨の素材で作られています。この日、早織さんが向かったのは飛騨市河合町。伝統ある「山中和紙」の紙漉き職人・長尾隆司さんを訪ねました。コウゾの栽培から紙漉きまで一貫して行うのが「山中和紙」の伝統で、およそ800年の歴史を持つと言われます。長尾さんは師匠の元での修行を積み、7年前に独立。飛騨の伝統を守る、早織さんの同志です。続いて訪れたのは、お隣の高山市で『木地工房 西為』を営む木地師・西田恵一さん。飛騨の木材で曲げわっぱや茶器を制作する、この道一筋43年の職人で、提灯の上下の輪っかである「重化」を作ってもらっています。地元に作る人が居なくなったため、古い実物を持ちこみ製作をお願いしたんです。西田さんは薄く割ったヒノキを曲げ、なめしたサクラの皮で端を止めます。その後、伝統の「春慶塗職人」が黒漆で仕上げる「飛騨古川提灯」の重化。細部に職人の技が生きているんです。紙漉きの技、木地師の技、漆職人の技…、そして早織さんが一つの提灯に作りあげる。どれ一つ欠けても成立しない「飛騨古川提灯」は、職人技の集大成なのです。



提灯職人となった早織さんを支えるのは、家族の存在。誠さんは、年間を通じて忙しいリンゴ園での農作業の傍ら、提灯の骨組みに使う竹ひご作りで早織さんを支えます。この日は早織さん、誠さんが作った竹ひごに何やら注文があるそう。それは「もうちょっと細くしてほしい」というお願い。基礎となる骨組みの太さが微妙に異なるだけで、提灯の仕上りを大きく左右するため、職人にとっては大きな問題なんです。「クレームですか、注文が多い…」とぼやきつつも、協力的な誠さん。すぐに作業場へ向かい、穴の開いた金属の板にひごを通し、一本ずつ細くしていきます。元々左官職人である誠さんは、早織さんの気持ちもよくわかり、こういった作業も嫌いではないそう。そんなご夫婦を応援してくれるのが、一緒に暮らしている長女の麻由さんです。学生生活を終え、地元に帰ってきてくれました。現在、作業療法士として市内の病院に勤めています。「私たち子どもも成長したし、あとは好きなことをしてほしい。両親は今の方が生き生きしています。」と語る麻由さん。提灯職人となった早織さん、そして農業を始めた誠さんの新たな人生の挑戦を温かく見守ってくれています。



4月19日、町は祭りのムードに包まれていました。いよいよ古川祭が始まります。朝6時。古川の町では各家の軒先に提灯をつるす人々の姿が。早織さんと誠さんも、提灯を持って出てきました。祭りが大好きな誠さんは「さあ、始まるぞ!」と笑顔を見せます。町内それぞれの地区が管理する10基の屋台も、蔵から姿を現しました。野中夫婦が在籍する「向町組」の屋台は特別な存在。早朝に神社から運ばれてきた神様の分霊を屋台に宿し、ほかの屋台を先導する役割があります。「そーりゃ!」という掛け声とともに、皆で屋台を曳き町内を回ります。山に日が沈むと、初日のクライマックス。さらし姿になった誠さんを、火打石で送り出す早織さん。裸男がぶつかり合う、「起し太鼓」が始まりました。100人以上の男たちが守る櫓に、12の「付け太鼓」が襲いかかります。誠さんも櫓の最前列で大奮闘!熱気が溢れています。そして2日目、10基すべての屋台が一堂に会する「屋台曳揃え」が始まりました。1日目の「起し太鼓」が“動”ならば、「屋台曳き揃え」は“静”の祭事。夜には、絢爛豪華な屋台と、提灯の明かりの競演が見事です。早織さんの作った提灯も、祭りの夜を彩ります。「祭りも提灯も、次の世代に繋いでいきたい。」と話すお2人。古川の伝統を、未来へ受け継いでいきます。




飛騨市役所観光課
古川町では、白壁土蔵が並ぶ美しい町並みを散策することができます。
電話番号 0577-73-7463
問い合わせ
月~金曜日
午前8時30分~午後5時15分




野中提灯
早織さんの営む「飛騨古川提灯」のお店。
ただいま予約は1年待ちとなっておりますので、ご注意ください。
高張提灯 張り替え 29,700円~
新調 31,350円~
※新しい文字や価格については要相談




あん
野中さんご夫婦がいきつけの喫茶店。昭和の味を継承する名物「鉄板イタスパ」や、誠さんのリンゴで作ったリンゴ酢を使ったキャロットラぺなどの料理を楽しめます。
鉄板イタスパ 900円
営業時間 ランチ/午前11時30分~午後2時
定休日 水曜日