DIARY
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D日記 #350 ルーネンバーグ/カナダ
フィル船長からブルーノーズが奇跡の勝利を収めた場所が米マサチューセッツ州のグロスターだと聞き、思わずハッとさせられました。グロスターといえば、昨年の夏にスクーナー船「アドベンチャー号」の取材で訪れたばかりの馴染み深い港町です。実は大西洋を挟んだこの二つの港町、ルーネンバーグとグロスターの間は、移民や交流を通じて親戚関係にある家庭も多かった港町同士。かつて静かながらも熱いライバル意識が燃え上がっていました。
当時の漁師たちにとって、「船の速さ」は単なる自慢ではなく、暮らしと直結する死活問題でした。豊かな漁場であるグランドバンクスへ乗り出し、荒れる北大西洋でタラを追う男たち。誰よりも早く良い漁場を押さえ、誰よりも早く魚を積んで港へ帰り、より高い値段で売る――海の上で双方の船が出会えば、示し合わせたわけでもなく自然と命がけのスピード勝負が始まっていたのです。
漁師たちの日常の張り合いはやがて熱を帯び、1920年、ついに正式な「国際漁師レース」が開催されます。しかし、記念すべき第1回大会で勝利をさらったのはグロスターのスクーナー船「エスペラント」でした。
誇らしげに歓喜するグロスターの港。一方で、敗北を喫したルーネンバーグの男たちが黙って指をくわえているはずもありません。「負けっぱなしでいられるか。なら、もっと速い船を作ればいい」――悔しさと意地を爆発させて設計された答えが、翌1921年に誕生する「ブルーノーズ」でした。
設計者ウィリアム・ルーエが目指したのは、見せかけだけのレース専用船ではありません。厳しい海でしっかり魚を獲る実用性を備えながら、なおかつ誰よりも速い船。屈辱をバネに生まれた一艇のスクーナー船は、やがて無敗の王者として17年もの間君臨し、カナダの歴史と誇りを背負う伝説の名船へと駆け上がっていくことになります。
