水曜日

伝統守り、次の世代へ引き継ぐべく奮闘する輝く女性に密着。 宇賀なつみアナが体当たりレポートで紹介、応援します。

2019.01.16放送

長野・長野市で94年!おやき「いろは堂」3代目女将・伊藤園子さん

信州名物「おやき」を受け継ぐ

いろは堂
住所/長野県長野市鬼無里1687-1
TEL/0120-168-041 
FAX/026-256-3282
営業時間/8:30~17:30
定休日/火曜日※5・8・10月は不定休
※お店HPのカレンダーをご確認ください

「おやき 各種」210円(税込)
(野菜ミックス・きりぼし大根・かぼちゃ・粒あん・あざみ・ぶなしめじ・野沢菜・ねぎみそ)

宇賀なつみアナウンサーが、伝統や文化を受け継ぎ、生き生きと輝く女性から、人生を素敵に過ごす秘訣などを伺う「継ぐ女神」。今回の女神は、長野県長野市で94年続く“おやき”の「いろは堂」3代目女将・伊藤園子さん(61)です。

野沢菜はじめおいしい野菜がたっぷり入った信州名物「おやき」。おやきが食べられなくなればこの世の終わりというほど長野県民に愛される郷土の味ですが、実は作り方は土地土地で異なり、長野市などでは蒸して作るタイプ、松本市などでは焼いて作るタイプが多いそう。そして園子さんのところはといえば、揚げてから焼くというスタイル。他にはない独特の食感が人気となっています。

大切にしてきたお皿の価値は・・・

まず宇賀アナはご自宅へ伺い、園子さんのお母様が大切にしてきたお皿を見せてもらうことに。骨董好きの友人から譲り受けたそうですが、詳細は不明。そこで唯一の手がかりである「白龍山人」と記された文字を調べてみると、清王朝末期ごろに活躍した人で中国では国家的に有名な人物であることがわかりました。

高価なお皿かと期待が高まったのですが、プリントによる絵付けだったりと、由緒あるものではないという鑑定。なんとも残念な結果となってしまいました。

手包みで作るいろは堂のおやき

いろは堂で作るおやきは一日1万個以上。およそ40人のスタッフが手作業で作っているそうです。甘くておいしいカボチャや長野県産のキノコなど具材の種類は9種類。

中でも代表的な具材が野沢菜です。一度茹でて塩抜きし、信州味噌で味付けしてから小麦粉にそば粉、イースト菌を混ぜて発酵させた生地で包みます。具の量は95g。ベテランスタッフは寸分違わずにすくい取りますが、宇賀アナは多かったり、少なかったり。

それでもなんとかお手伝いを終え、油で揚げた後に窯で焼き上げた出来立てアツアツをいただきました。一口食べて、思わず「はつい(アツイ)」。それでも「お味噌がきいてますね。皮がパリッパリで、でもちょっとモチッとしていて」と信州の味をしっかり堪能です。

おやきのおいしさを広めたい

いろは堂の長女として生まれた園子さん。小さいころから後継ぎとして期待されるのが嫌で、学校を卒業後は家を飛び出し、家業とは無関係の暮らしをしてきました。しかし、帰省の折に「職人気質の父がおやきを置いてもらえないかと頭を下げて歩いている姿を見て、胸がいっぱいになりまして」。初めて見るその様子に園子さんは継ぐことを考え始めます。そんなときに出会った夫・宗正さんも「こんなにおいしいおやきならば」と、二人で継いでいくことを決めたのです。

しかし、地元の人にとっておやきは家で作るもの。お金を出して買う人などいませんでした。少ない観光客を相手に、代を継いで10年間は、従業員の給料を払うのがやっとだったとか。そんななか、チャンスが! 店の近くにあるミズバショウの群生地が「日本の自然100選」に選ばれ、さらには長野が冬期オリンピックの候補地に決定し、観光客が押し寄せることに。

園子さんは「お客様の車をとめて試食してもらったんですよ」。必死で焼きたてのおやきを配って回ったのです。徐々にお客さんも増え始めていったといいます。そして園子さん、さらなる販路を求めて、「都会はおいしいものはたくさんあるけど、このおやきはないなと思って、県外のデパートとかスーパーに販売に行ければと思って」。

長野の超ローカルフード。しかしその可能性を信じて、ご主人は年間300日も営業にまわり、ついに東京のデパートの催事に出店。今やお店は大賑わいです。

園子さんのおやきを広めたいという思いは海外へも飛び、「期間限定ですけど、シンガポールやハワイには何回か販売に行かせてもらっているんです」。次の目標は「ニューヨークとかね」と笑顔の園子さん。肉を使っていないおやきはベジタリアンにも受けており、評判も上々のようです。

人がなにを言おうとまずは信じた道を

今回の取材を通して宇賀アナの心に残った「女神の一言」は、「人がなにを言おうとまずは信じた道を!」です。

地元の人からおやきにお金を払う人なんていないと言われたそうですが、「そのおいしさは絶対に伝わるはずと信じていたからこそ、観光客の目にもとまったんです」と園子さん。東京への販売もおやきの可能性を信じて進んだから成功できたと話していました。