おさらい講座REVIEW

2022/4/26(火)放送

特別レッスン!今こそ知りたい鎌倉ミステリー


  • 歴史学者 本郷和人先生(東京大学史料編纂所 教授)

鎌倉幕府を開いた源頼朝は鎌倉にシンボルを作るべく、鶴岡八幡宮を建立した。参道の幅をどんどん狭くすることで、遠近法を活かし入り口から鶴岡八幡宮を見た時に、壮大さを、より感じられるよう設計した!

八幡宮の平家池と源氏池の島の数にはメッセージが隠されている。
源氏池は3つ。「3=産」つまり源氏の繁栄が願われているのだ。
対して平家池は4つ。「4=死」つまり平家の滅亡を願っているのだ。発案したのは源頼朝の妻である北条政子。
彼女は平家滅亡の願いを島の数にあらわしたのだ!

壇ノ浦の戦い活躍を認められ朝廷から勝手に検非違使へ任命された義経は、兄・頼朝が定めた「ご恩と奉公」の関係があるにもかかわらず、頼朝に相談せずに官位を受け取ってしまう。
頼朝が定めた武士のルールを理解していなかった、義経の至らなさにあったのかもしれない。

鎌倉市の大規模な発掘調査と、CG技術によって600年前の姿がよみがえった頼朝が造った永福寺(ようふくじ)。
建立した頼朝の狙いには、自害に追い込んだ義経や奥州藤原氏の怨霊から身を守るミステリーが隠されていた!

鎌倉名所として名高い鎌倉大仏。それまでの日本の大仏に比べて、鎌倉大仏は猫背であり、頭の高さなどにも違いがある。
鎌倉大仏の特徴は宋(現在の中国)デザインのを色濃く取り入れたものだった。当時、宋との交易を担っていた北条氏の野望が隠されていた!

鎌倉殿こと頼朝の死後、幕府内では権力闘争が起きる。小さな豪族だった北条氏は勝ち抜くために様々な手を使った。時政、義時親子は比企能員や和田義盛などの有力者に謀反の疑いをかけて殺害。
さらに、義時は親時政を追放し、ついに実権を握ったのだ!

さらに義時には、源実朝暗殺事件の黒幕という説がある。
鶴岡八幡宮大石段の大銀杏に隠れて実朝を襲った公暁は頼家の子。何者かが「父頼家を殺したのは実朝だ」と公暁に吹き込み犯行に走らせた。
その人物とは...。
事件時の義時の不自然な行動から、彼が黒幕という説があるのだ!

様々な手を使って権力の頂点に立った義時もついに亡くなってしまった。姉・政子は彼の墓を、夫・頼朝の隣に建てた。
そこには鎌倉幕府を開いた頼朝と、義時は同格の存在ということを示す政子の狙いがあったのだ!