バックナンバー
#1002
2026年3月15日
伊藤蘭とテレビ~後編~
【番組司会】菅原知弘(テレビ朝日アナウンサー)
桝田沙也香(テレビ朝日アナウンサー)
【ゲスト】伊藤蘭
【ナレーター】田中萌(テレビ朝日アナウンサー)
桝田沙也香(テレビ朝日アナウンサー)
【ゲスト】伊藤蘭
【ナレーター】田中萌(テレビ朝日アナウンサー)

今年ソロデビュー7周年を迎え4月4日からツアーが始まる伊藤蘭さんに
テレビのことや俳優として、さらに家族とのエピソードも伺います。
<伊藤 蘭 コンサートツアー 2026 「Dance on!Love on!」イベント概要>
テレビのことや俳優として、さらに家族とのエピソードも伺います。
<伊藤 蘭 コンサートツアー 2026 「Dance on!Love on!」イベント概要>

<テレビはどんなものを見て育った?>
よく母と祖母と一緒に白黒のドラマをみたり、ちょっと大きくなってからは
「ルーシー・ショー」とか海外のドラマもみていました。
あとは歌番組ですと「シャボン玉ホリデー」「プラチナゴールデンショー」をよくみていました。
中学生時代にちょうどグループサウンズの時代がありまして、
タイガースが好きだったり、沢田研二さんが好きだったり、下敷きの間に写真を入れて、先生に見つかって没収されたりとかしていました。
「ルーシー・ショー」とか海外のドラマもみていました。
あとは歌番組ですと「シャボン玉ホリデー」「プラチナゴールデンショー」をよくみていました。
中学生時代にちょうどグループサウンズの時代がありまして、
タイガースが好きだったり、沢田研二さんが好きだったり、下敷きの間に写真を入れて、先生に見つかって没収されたりとかしていました。
<活動を再開の時に歌手ではなく俳優を選んだのは?>
中学の時に演劇部に入っていて、演劇を自分たちで作ったり演じたりっていうことを部活動でやっていたんですけれども。
そのうちに“歌の世界”に入ってしまって、その演技に対することを自分でもっと体験してみたいとか、そういう気持ちになったんです。
―歌手との違いは?
歌は1曲何分の中で完結しますけれども、お芝居は人とコツコツ作り上げていくものだと思う。
今まで3人だけで歌の世界で過ごしてきた自分でしたけれども、改めてこのいろんな俳優さんと接するっていうところが、緊張もしましたけれども、そこが魅力的です。
―リスタートするにあたって準備したことは?
自分が何かこう解放されたなっていう気持ちになったのは、野田秀樹さんの劇団に入れていただいて、そこで勉強になったことが大きいです。
未知のことだったので、ワクワクしながらやっていました。
そのうちに“歌の世界”に入ってしまって、その演技に対することを自分でもっと体験してみたいとか、そういう気持ちになったんです。
―歌手との違いは?
歌は1曲何分の中で完結しますけれども、お芝居は人とコツコツ作り上げていくものだと思う。
今まで3人だけで歌の世界で過ごしてきた自分でしたけれども、改めてこのいろんな俳優さんと接するっていうところが、緊張もしましたけれども、そこが魅力的です。
―リスタートするにあたって準備したことは?
自分が何かこう解放されたなっていう気持ちになったのは、野田秀樹さんの劇団に入れていただいて、そこで勉強になったことが大きいです。
未知のことだったので、ワクワクしながらやっていました。

<テレビ朝日のドラマの中で印象に残っている作品は?>
当時は土曜ワイド劇場によく出させていただいたっていうのもありますし、
近いところで言うと「DOCTORS~最強の名医~」です。
*テレビ朝日のドラマで最初に出演された作品が1982年放送の「ある晴れた日に」でした。
放送後に初めてみました。市川森一さんの脚本で、解散後テレビで初めて歌を披露する役だったので色々大変でした。
近いところで言うと「DOCTORS~最強の名医~」です。
*テレビ朝日のドラマで最初に出演された作品が1982年放送の「ある晴れた日に」でした。
放送後に初めてみました。市川森一さんの脚本で、解散後テレビで初めて歌を披露する役だったので色々大変でした。
<家族も俳優>
―練習をお願いしたりする?
あんまり相手にしてもらえません。
昔こう読み合わせしてもらったことがあったんですけど。
“何か違うな”って…。
―互いの仕事について相談する?
どうしようかなっていう時はちょっと聞いてもらったりもしますけれど、
大抵「やった方がいい」って言われるので。
演技に関してはお互いやっぱりどれだけの思いをかけてやっているっていうのがお互いに想像つくと思うので、その領域にはやっぱりそう簡単には踏み入れられない世界だなと思っています。
あんまり相手にしてもらえません。
昔こう読み合わせしてもらったことがあったんですけど。
“何か違うな”って…。
―互いの仕事について相談する?
どうしようかなっていう時はちょっと聞いてもらったりもしますけれど、
大抵「やった方がいい」って言われるので。
演技に関してはお互いやっぱりどれだけの思いをかけてやっているっていうのがお互いに想像つくと思うので、その領域にはやっぱりそう簡単には踏み入れられない世界だなと思っています。

<水谷豊との出会いは?>
ドラマだったと思います。妹役だったのかな。はい。その時に初めて会いました。(*1982年 ドラマ「あんちゃん」で初共演)
とても親しみやすい方で。
話しかけてくださった、ひと声目が「ランちゃん“さん”は…」って。
―長女・趣里さんが誕生して、俳優へ向き合い方は?
でもやっぱり自分の中では子供が一番っていう気持ちがありましたけれども、本人に聞いたことありました。
その小さい時に寂しかったり、そういう風に思ったことある?って「ないよ~!」って言っていましたから、良かったなと。
―趣里さんも俳優の道に
バレエの大好きで、ずっと踊りをやっていたんですけれども、ケガでできない状況になってしまった時に、私が出演していた舞台をみに来てくれて、そこでこう目覚めたらしいんです。
その時の収録したビデオをもう擦り切れるくらいにみていたんです。そういうところから多分興味を持ち始めたんじゃないかなと思います。
―俳優になりたいと言われた時は?
7、8枚の長い手紙をくれて、それで気持ちは十分伝わってきたので
覚悟を持ってやるんだなって。そう簡単な道ではないですけれども
“じゃあやってみる?”ていうことで始めたんです。
―2025年9月に初孫の誕生
やっぱり子どもは育てなくちゃっていう使命感みたいなものがあったんですけど“ただただ孫は可愛い”。
お母さんがいるので、ただこの子がちゃんと大きくなるまで元気でいようと思います。
たまに連れてきてくれる。私が母親だった時代の子育てと、色々変わっているんです。
ミルクの後のゲップの体勢が違うとか、ミルクマシーンみたいなミルクを作ってくれる道具があって驚いています。
とても親しみやすい方で。
話しかけてくださった、ひと声目が「ランちゃん“さん”は…」って。
―長女・趣里さんが誕生して、俳優へ向き合い方は?
でもやっぱり自分の中では子供が一番っていう気持ちがありましたけれども、本人に聞いたことありました。
その小さい時に寂しかったり、そういう風に思ったことある?って「ないよ~!」って言っていましたから、良かったなと。
―趣里さんも俳優の道に
バレエの大好きで、ずっと踊りをやっていたんですけれども、ケガでできない状況になってしまった時に、私が出演していた舞台をみに来てくれて、そこでこう目覚めたらしいんです。
その時の収録したビデオをもう擦り切れるくらいにみていたんです。そういうところから多分興味を持ち始めたんじゃないかなと思います。
―俳優になりたいと言われた時は?
7、8枚の長い手紙をくれて、それで気持ちは十分伝わってきたので
覚悟を持ってやるんだなって。そう簡単な道ではないですけれども
“じゃあやってみる?”ていうことで始めたんです。
―2025年9月に初孫の誕生
やっぱり子どもは育てなくちゃっていう使命感みたいなものがあったんですけど“ただただ孫は可愛い”。
お母さんがいるので、ただこの子がちゃんと大きくなるまで元気でいようと思います。
たまに連れてきてくれる。私が母親だった時代の子育てと、色々変わっているんです。
ミルクの後のゲップの体勢が違うとか、ミルクマシーンみたいなミルクを作ってくれる道具があって驚いています。

<それぞれ出演された番組はみる?>
私は一緒にみて欲しくない。
一人でこっそり、それもだいぶオンエアから時間経ってから
遅らせてみています。
一人でこっそり、それもだいぶオンエアから時間経ってから
遅らせてみています。

<伊藤蘭さんにとって「テレビ」とは>
「テレビ」とは
人があぶり出されるもの
伊藤蘭
人があぶり出されるもの
伊藤蘭


