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#692
2019年9月15日
「小谷実可子とテレビ」
【ゲスト】小谷実可子(オリンピアン・日本オリンピック委員会 理事)
【司会】寺崎貴司(テレビ朝日アナウンサー)萩野志保子(テレビ朝日アナウンサー)
【ナレーター】田中萌(テレビ朝日アナウンサー)
【司会】寺崎貴司(テレビ朝日アナウンサー)萩野志保子(テレビ朝日アナウンサー)
【ナレーター】田中萌(テレビ朝日アナウンサー)
今年4月、テレビ朝日の放送番組審議会委員に就任した小谷実可子さん。
「アーティスティックスイミングの女王」として活躍した小谷さんは、1988年のソウルオリンピックで、銅メダルを獲得。
現役引退後、指導者、コメンテーター、日本オリンピック委員会理事として、スポーツ界の発展に尽力してきました。
そんな小谷さんにテレビについて様々なお話を伺いました。
「アーティスティックスイミングの女王」として活躍した小谷さんは、1988年のソウルオリンピックで、銅メダルを獲得。
現役引退後、指導者、コメンテーター、日本オリンピック委員会理事として、スポーツ界の発展に尽力してきました。
そんな小谷さんにテレビについて様々なお話を伺いました。

【内容】
●放送番組審議会委員に就任
委員に就任したことで、あらためてテレビの奥深さに気づいたという小谷さん。
二児の母である小谷さんは、放送番組審議会での発言も「主婦の目線」を大切にされています。
委員就任によってテレビの見方は明らかに変わったと言いますが、主婦としての目線を忘れずテレビに接するようになったそうです。
委員に就任したことで、あらためてテレビの奥深さに気づいたという小谷さん。
二児の母である小谷さんは、放送番組審議会での発言も「主婦の目線」を大切にされています。
委員就任によってテレビの見方は明らかに変わったと言いますが、主婦としての目線を忘れずテレビに接するようになったそうです。

●テレビとの関わり
現役時代、「アーティスティックスイミングの女王」として、メディアから大きな注目を集めていた小谷さん。
取材時の受け答え一つで怒られたことも。しかし、テレビの取材によってマイナーなスポーツだったアーティスティックスイミングに光が当たり、国民の知るところとなったことはとてもうれしかったそうです。
現役時代、「アーティスティックスイミングの女王」として、メディアから大きな注目を集めていた小谷さん。
取材時の受け答え一つで怒られたことも。しかし、テレビの取材によってマイナーなスポーツだったアーティスティックスイミングに光が当たり、国民の知るところとなったことはとてもうれしかったそうです。

●取材する立場として
1992年の現役引退後は、取材する立場に変わった小谷さん。
取材する側になってからは、選手に寄り添う取材をするように気配りしたり、技術の解説よりも楽しんで観てもらうための解説を心掛けたそうです。
ロシアの選手は息を止めて何分間潜っていられるだろうか?
1試合で何回回転するのかなど、数えて観てください。
1992年の現役引退後は、取材する立場に変わった小谷さん。
取材する側になってからは、選手に寄り添う取材をするように気配りしたり、技術の解説よりも楽しんで観てもらうための解説を心掛けたそうです。
ロシアの選手は息を止めて何分間潜っていられるだろうか?
1試合で何回回転するのかなど、数えて観てください。
●東京オリンピック
いよいよ来年開催される東京オリンピック。長く招致活動に携わってきた小谷さんにオリンピックについて聞きました。
チームが一丸となって練習しているので期待しています。
いよいよ来年開催される東京オリンピック。長く招致活動に携わってきた小谷さんにオリンピックについて聞きました。
チームが一丸となって練習しているので期待しています。
●シンクロショーに出演
小谷さんは、50歳を間近に控えた2015年、シンクロショーに出演されました。
トレーニングをすぐに始めましたが、最初はとにかく息が続かなくて。
自分が思い描く演技に近づくまでに3年かかりました。
小谷さんは、50歳を間近に控えた2015年、シンクロショーに出演されました。
トレーニングをすぐに始めましたが、最初はとにかく息が続かなくて。
自分が思い描く演技に近づくまでに3年かかりました。
●小谷実可子にとってテレビとは
『自分の人生を豊かにしてくれるツール』
『自分の人生を豊かにしてくれるツール』