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#678
2019年6月2日

倉本聰が語る「やすらぎの刻~道」

司会:寺崎貴司(テレビ朝日アナウンサー)萩野志保子(テレビ朝日アナウンサー)
ナレーター:田中萌(テレビ朝日アナウンサー)
インタビュー(VTR):倉本聰
<内容>
今年の4月からスタートした帯ドラマ劇場『やすらぎの刻(とき)~道』を前作『やすらぎの郷』の脚本も手がけた倉本聰が語ります。

「やすらぎの郷」
2017年4月から半年間放送。
テレビや映画などに貢献した者だけが入れる老人ホーム「やすらぎの郷」。
石坂浩二さんが主演する脚本家「菊村 栄」が入居し、往年のスターらの様々な騒動に巻き込まれていくストーリー。

「やすらぎの刻~道」
やすらぎの郷の続編として1年間放送する帯ドラマ劇場。
テレビ朝日開局60周年記念番組。
石坂浩二が演じる「菊村 栄」が執筆したシナリオ『道』も映像化している。

倉本聰インタビュー(1) <何書いたか覚えてない>
書き終わったのは去年の10月の末。
今放送で観ている回は一年半くらい前に書いたもの。
放送期間が1年という帯ドラマ(前作は半年間)は長い。
だからもう何書いたか覚えてない。

自分は何を書いてもコメディーになってしまう。
人間が真面目にやってるってことは、「アップで見ると悲劇だけど、ロングで見ると喜劇である」とチャップリンも語っているので。
倉本聰インタビュー(2) <「屋根」という芝居がベース>
今作品では、老人ホーム内の出来事以外にシナリオ『道』も映像化されている。
その「道」というシナリオは、舞台「屋根」(初演:2001年の3月/倉本聰 作・演出)がベースになっている。
放送が全部終わったとき、テレビ朝日のEXシアターで、もう一回原点の「屋根」上映するつもり。

倉本聰インタビュー(3) <「道」と「原風景」>
84歳になってみて思うことは、世の中は変わったけれど、僕自身はそんなに変わってないという事。
都会の流される暮らしじゃなく北海道・富良野に根付いて暮らしていると、「世の中が変わっていく、自分が変わってるんじゃない」事に気付く。
40年以上前に富良野に来た時は奥の村行く道は泥道だった。それが砂利道になって舗装されてきた。
舗装されたらその村が潤うかっていうと逆で、その舗装した道路通って若者が村を出て行き過疎になってしまうよ。
このことが僕の中の「道」として大きく残っている。
自分の原風景は「菊村 栄」と同じ杉並区の善福寺のはずだったが、30~40年ぶりに帰ったら景色も変わりもう故郷じゃなくなっていた。
むしろ疎開していた時の岡山の学校に毎日歩いて通った「道」のほうが、原風景になっている。

倉本聰インタビュー(4) <「ドラマ」と「ドラマチック」>
テレビドラマは「ドラマチック」という言葉があると、ドラマの筋はどうでもよくて「チック」が大事。
前作「やすらぎの郷」ではマロと大納言と栄の3人が、海岸でらしくもないことを言うシーンが「チック」で好きだった。
今回の作品にもドラマチックなシーンとして、「句会」を入れ込んでいるが、実は「プレバト!!」にヒントを得た。

倉本聰インタビュー(5)<テレビ業界へのメッセージ>
視聴率満点でみんなが乗ってくれるより、10人にひとりが深く食いついてくれれば、それでいいじゃないかって気がする。
テレビって言うものは、テレビを考えるんじゃなくて、テレビによっていかに会社が儲けて大きくなるかを考えるたちになった。
今、テレビ界にいる偉くなっている人たちで、何人も「ナスの呪い揚げ」した人がいる(笑)