第2章 お世話になりました
 

 年末、石川多映子の実家にはたくさんの宅配物が届いた。9年間、所属していたチームの寮に置いてあった荷物である。
 それとともにたくさんのバラも届いた。79本のバラ。
 それぞれの束に、そのメッセージがついている。
 「9年間おつかれさまでした」
 チームの納会。通算勝利数の79本のバラと、さるとびえっちゃんに
似た似顔絵入りの寄せ書きで石川多映子さんは、送別された。
 父・石川勝博さんはそのバラに水をやりながら言った。
 「戻ってくるって言ったって、まだ実感がわかないんだよね」
 そうこうしている間に、娘・多映子さんが戻ってきた。これが最後だからと、母や妹とお台場などで遊んできたという。
 多映子さん、父・勝博さんの前に改まって座った。そして、
 「お父さん、9年間つとめたチームを引退してきました。長い間支えてくれて、本当にありがとうございました」
 改まっての挨拶。必ずお父さんには一言伝えたかった。そんな気持ちからである。
 父・勝博さん、何も言えなかった。普段のやりとりとは、全然違う。

 会話はそれだけで終わった。

 「ああんどうしてないんだろう。こんなに探してるのに。これがないとはじまらない」
 引越しの荷物の片付けが始まった。
 掃除が趣味と公言するほどきれい好きだった。はやく済ませたかった。
 多映子さん、片付けながらこういった。
 「私さっぱりしすぎてますかね。すごく気持ち、穏やかなんですよ」
 お別れの納会でも、泣かなかったという。
 やりのこしたことは、まったくないのだそうだ。
 どうしてそこまで言い切れるのか。ちょっと不思議に思った。

 彼女はここまで、すさまじい努力を繰り返した人だったから。

 石川多映子