第12章 一球
 

 試合は0−0のまま延長戦に突入。 日本リーグでは延長戦に入るとノーアウト2塁からのスタートとなる。
 9回表。石川投手は四球で出塁を許し、走塁などからノーアウト2、3塁となった。
 大きな当たりひとつで、取り返しがつかなくなる。

 しかし、気持ちはひたすら攻めていた。
 6番・中村歩を、絶妙なコントロールで見逃し三振にとる。

 続く7番・指名打者・前田幸子。
 初球、インコースチェンジアップ。完全にタイミングを外している。
 球も気持ちも、なお攻めていた。
 負けない。と。

 しかし・・・
 1ボール2ストライクと追い込んだ4球目、そこで運命が訪れる。

 ローライズボール。
 前田がそれを激しくとらえた。
 そして打球は、ライト頭上を超え、フェンス付近へ。
 2人のランナーがホームに生還した。

 石川投手、肩を落とす。
 撮影する勝博さんも、肩を落とした。

 ライズボールを、サインより一個低めに入れた。
 前田選手のスタンスがホームベース寄りで、デッドボールを警戒しての判断だった。
 我を通した末の、一球だった。
 我を通した末の、失敗だった。

 それが今の、石川多映子である。

 9回裏、必死の祈りも虚しく、ミキハウス、ローチのピッチングは冴え渡り、凡退。
 2対0。日立ソフトウェアは、敗れた。
 リーグ4位という成績での終了は、4年ぶりのことである。
 自分なりの、有終の美を求めた戦いは、終わった。

 試合後、スパイクの土を払う多映子さん。「おつかれさまでした」
 何て聞いていいかかわらない。

 でも多映子さんは、静かに口を開いた。
 「どうだったんでしょうね。・・・頑張れたと思います。頑張れたと。でも打たれるってことは何が自分に原因があるんだから、それを見つめ直して、下の子に伝えていきたいと思います」

 スタジアムを出る。サインを求められる。
 「楽しく!!」と書いた。

 石川多映子さんは、引退を、決意した。

 勝博さん、娘に近づく。
 会話がはじまった。

 「満足した?」
 「した。もういい。満足してなかったら涙流すでしょ。よくがんばったよ。今年は今年の調子で」
 「やりのこしは?」
 「ない」

 その会話の後、妹・賀子さんと姪のまひろちゃんとじゃれあう。
 そこで賀子さんから、ひっそりとねぎらい。
 「長い間お疲れ様」
 その言葉に多映子さん、目にこっそりと涙がたまった。
 カメラに気付かれないよう、カメラ目線で笑顔を隠す。

 誰も知らない、石川多映子、ラストゲームは、こうして終わった。