| 第1章 裏庭 | |
![]() 栃木県下都賀郡大平町。ここには、誰も知らない、裏庭がある。 全長15メートルの、投球練習場。来る日も来る日も、投げた子がいた。 ひたすら投げ続けた。 こうして、ひとつの伝説につながってゆく・・・。 栃木県教育委員会。中学生向き道徳の教科書に、その伝説は記された。 タイトルは「楽しく、自分らしく」 「自分を信じよう。仲間を信じよう」マウンドで、何度となくつぶやいた。また「お父さん見てて。昔と変わった自分を見てて」そう心の中で語りかけ、マウンドから力いっぱいのボールを投げた。そして、その度に絶体絶命のピンチを乗り越えた。・・・ 投球数156球。残塁20。得点0。「ミラクル石川」と実況が叫んだ。 こうして当時公式戦112連勝を続けていた最強国・アメリカを下し、銀メダルという快挙へとつなげた。 それは、努力のアスリートが、努力の末に導いた、密かな伝説。 1月20日、日本中を大ニュースがかけめぐった。 平成を代表する横綱の、引退。 町には号外がまかれ、臨時ニュースが流れた。 そんな日のある新聞記事に、4行ほどの記事が載った。 「女子ソフト石川が引退」 女子ソフトボール・シドニーオリンピック代表、石川多映子。彼女は密かな伝説を残し、ひっそりとグランドを去っていた。 27歳の決断だった。 かつては3、4年でやめる人がほとんどだった女子ソフトボール。しかしオリンピックで種目になり、ベテランが長年にわたり続けるようになった。 特にシドニー組はあのスタジアムで、悔しい銀メダルを経験している。 モチベーションは、あった。 にもかかわらず彼女は去った。そこには、どんな決意があったのだろうか? なぜ去ることを決めたのか? 大型の引退が目立った昨今、彼女の足跡を辿ることで、今までとは違ったアスリートの側面が見えてくるかもしれない。 誰も知らない、戦いが。 「わすれなぐさ 知られざる有終美」 |
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