栗山)でもそれが太田哲也たる所以と言うか、レーサーの資質としても多分そう言う事をすごく考えてこられて一流になってこられたって所は共通点としてあるんですか?

太田)レースも結局…レーシングドライバーの腕の差は何かと言ったら、例えばハンドルを早く切れるとかアクセルが強く踏めるとかそんな事ではないですよ。そんなことはプロになるドライバーなら皆出来るわけだから。何がドライビングの速さの違いになるかって言うと、走りのイメージがどう言う風に考え出せるかって…要するに速く走るノウハウを自分でどうやって探し出せるかっていう事が差だと思うんです。要するにこのコースのこの一つの特定のコーナーをアウトから進入した方がいいのか、イン側から入った方がいいのか、出来るだけ速い速度で入っていってコーナーを抜けた方がいいのか、それとも手前で減速して、出口をうんと加速出来るような形で抜けた方がいいのか、コーナーの走り方ってありとあらゆる何通りもの選択肢があるわけですよね、その中で自分が「この走り方が速いんだ」ってイメージを作る、そのイメージを作る勝負だと思うんです。それでもそれは、みんな出来ちゃうわけですよね、みんな腕あるから。だからそれをいかに人より、ライバルより早く掴むかって言う事だと思うんです。でもそれが1個掴めれば終わりじゃなくて、乗る車が違えば違うし、雨が降ってくれば違うし、条件はどんどん変わってくるわけですね。極端に言えば、毎周毎周走りのイメージを変えてる。それを探る作業を僕が10何年間やってきたわけで、それってどうやったら上手く行くかってノウハウを探すって事だと思うんですよ。そう言う意味では痛みをこらえるのも応用できたんじゃないかなって。「どうやって痛みをこらえたらいいんだ」とか「どうやっって今の精神状態をコントロールしたらいいんだ」って言う事が多少は出来たんじゃないかと思いますね。とは言っても「ワァーワァー」騒いでいたんですけどね。

栗山)でも、普通であれば治療によっては全身麻酔もしなければいけないものを、痲酔なしでやらなければいけない状況もあったわけですよね。

太田)熱傷浴と言って、全身麻酔って余りにも痛みが激しいからやるんですけど、全身麻酔は体に負担がかかるからあんまり毎日毎日やるわけにもいかなくて、全身麻酔しないでやるわけですよね、そうするとものすごい痛みに耐えなければいけないわけですよね。だから、そこで発狂しないためには、自分にストレスを入れない方法ってのを考え出す必要ってのがあったんじゃないですかね。ま、それなりに上手く行ったんじゃないかなと思うけど、その点は。

栗山)そこからホントに自分の気持ちに「ヨシッ」って思える瞬間、多分時間はかかった思いますけど、1番大きな要因ってのはどんな事だったんですか。沢山の要因があると思うんですね、いろんな人の思いだったりとか、例えばドクターのいろんなやり方の説明が自分が納得できた事であるとかいろんな事あると思うんですけど、1番大きなキッカケと聞かれたら、太田さんどんな風に…

太田)やっぱり自分の中で…ちょっとくさい言葉だけども「生きる意味はこういう事なんだ」って思えた事ですよね。それはだから、"黒いマントの男"が言った「生きる事は辛い事だよ」って言ったのが、「分の人生は辛い事だらけだよ」って言ったんじゃなくて、「もともと辛いけれども、君の努力によっては、頑張りによってはどんどん良くなる事だし、そこに意味があるんだよ」って言う風に聞こえるようになった事ですね。どうしてそうなったかって言うと、やっぱりズゥーっと悩んできて、あるいは家族、医師、あるいは自分と同じような症状を持った重傷者なんかの僕に発してくれた物とか。あるいは自分の燃えてるビデオをね、怖くてずっと見れなかったんだけど、ある時見る気になった。それも他の患者さんの言葉がきっかけなんですけども、それを見入ることによって"黒いマントの男"と言うのは自分を殺しに来たんじゃなかったんだなぁって、何か自分に投げかけようとしてくれたんだなってそう言う風に思えた事。自分なりにですけどハッキリと答えが見えたと言うか、謎が解けたと言うか。

栗山)それは、生きる事の意味と言うのはどう言う風なものだと解釈を…

太田)一口で言っちゃうと「何だそんな事」って言われちゃいそうなんですけど、要するにもともと人生はこう辛いもんだし、上手くいかないものなんだって。だけどそれを僕がどうやって高めていくか、自分を。ステージを高めて行くかって言う、そこに意味があるんだって言う事ですよね。周りの人と比較するって言うのはあんまり意味がない。あるいは昔の自分と比較するのも意味がないなって。ま、自分はゼロなんだって。死がゼロだとしたら。ホントに死んだところから戻ってきたと言うのはホントにゼロで、そこから何処まで上がるかって言う、何処まで上がっていけるかって言う中でいろんな楽しみと言うのを見出していく。だから結局、価値観がガラって変わったんですけど、レースをやって事故の前は自分が行ける所まで行く、あの目標まで行ったら成功でそこまで行ったら失敗ってのがあった。そこまで行けるか、行けるかって。例えば「F1に行けるのか、行けないのか」「F1に行けなかったら挫折」って言うようなイメージでいたわけですね。「自分はココの所でチャンピオン取りたい、取れなかった、挫折」そう言うような、いつもそう言うような不完全燃焼的な感覚を持っていたけれども、「そうじゃないんだな」って。もちろん他との比較と言うのは、ライバルと比較する必要はあるけど、それは他と比較するのが目的じゃなくて、結局自分…言っちゃえば「自分との戦い」というけれども、自分を何処まで上げていくかの一つの、何て言うんでしょう、ツールって言うか、他との比較はね…って言う事なのかなって風に思った事ですよね。そうすれば自分をやっていく…ま、だから、結果よりも過程が大事って言う事ですね。これがなかなかね一口で言っちゃうと簡単だけど、僕らのレースって結果がハッキリ出るスポーツだし、毎回レース事出るわけですよね。毎周ごと結果がタイムで出るわけだから、結果が全てという考えが頭に結構こびりついてたんですよね。それを壊すのは簡単じゃなかったんだと思う。だから、それが壊れたのが良かったんだと思いますね。