栗山)ホントに強い人って、自分の弱さも認められるようになった時なんじゃないかって思う事が、取材をしていて多いんですよ。

太田)僕はだから、よく人からね「太田さん、ホントに強い人だ」って言われる事あるんですけど、それはそれで嬉しくないわけじゃないんですけど、でも自分ではそう思えないんですよね。「僕は弱い人間だ」って思ってるし、あの時すぐに怒ったりとか人にやつあたりとかしてたって言うのも弱い人間だからこそだと思うんですよね。ただ、今思うと、強くはないけれども「強くなりたい」って言うか「強くならねば」みたいな気持ちはあったと思いますよね、そう思ってるだけですけどね。実際に強いわけじゃないし。

栗山)そう思える人が1番強い人だって僕は思ってるんですけども。そんな中でリハビリの話も随分されてこられたと思うんですが、これはホントに想像を絶するような痛みであるとか、苦しさだとか…やってる時どんな気持ちでやってるんですか「絶対元気になる」って思うのか「レース場戻る」って思ってるのか「家族喜ばせる」って思ってるのか、いろんな思いあると思うんですけど

太田)あの、「家族を喜ばせる」とか「絶対レースに復帰するんだ」とか、思えるようになったのは実は結構…最近というか。ホントその苦しみの渦中にいる時は、そんな事何も考えないで、ただ痛みに耐えるのが精一杯。それで人にやつあたりするのが精一杯って言う感じだったですよね。だからその、かっこいい事を言いたくても言えないんだけど、要するに例えばお腹空いた時に「腹へったなぁ」って言うのと同じようで「何か食いたいな」というような事と同じで「痛いなぁ、どうやったら痛みを耐えられるかな」と言う事を1日中考えてるって感じですよね。なんかそれが上手く考え付かないと人にあたり散らしたりとかそう言う感じですかね。ただ、何て言うんでしょう。一つレースでの経験が痛みを耐えるのに役にたったのかなぁって思うのは、レーシングカーを運転してるときって、ちょっと独特の感覚になるんですよね。「運転してるのは自分だけど、自分じゃない」みたいな。なんかこう、もちろん肉体と精神ってくっ付いてるのに、なんかちょっと離れて…体と心が離れたような感覚というのかな。僕らの仕事は時速300kmでぶっ飛ばすわけですよね、運転操作さえ間違えなければ大丈夫なはずなんだけど、それなのに恐怖感っていうのが出てきておっかないわけですよね。おっかないとやっぱり、ひるんじゃうわけですよ。でもそこで「運転してるのは自分であって自分じゃない」ような感覚っていうのが、そうですねレースして何年かして掴めるようになってきたんです。そうすると割と一生懸命運転している自分をもう1人の自分が見ているような感覚、客観的に見て見るって感じですかね自分の事を。それが出来るように劇的に自分が変わったんですね、運転が。すると恐怖感を取り除く事が出来て、速度が速くたって綺麗に操作すれば、カウンター当てればちゃんと走れるみたいな。それと同じように、痛みを受けてる自分を、離れてる所から客観的に見るような感覚というのが、応用できるようになって。もちろんそれで痛みなんて取れやしないですけど、だいぶストレスは減ったって言うのはありましね。要するに「痛いのは、痛い」。でも痛い事よりも辛いのは、ストレスがあるからじゃないですか。「辛い、どうなっちゃうんだ」とか。それを切り離せる事が出来るように、少しなったのかなと思いますよね。

栗山)太田さん、それはどう言うやり方、具体的に…

太田)例えば右手が皮膚がない。そこをリハビリしてギュ−と押されてる。「痛くてたまらない」って言う所で「この右手は自分の手ではない」って思っちゃうんですよ。それをこう見るわけですよ、自分の(リハビリ)やられてる右手を。「右手は痛がってて可哀想だなって。でも、それは俺の痛みじゃないからね」って、意識で切り離しちゃうんです。なんかちょっと馬鹿馬鹿しいように思えるかも知れないけど
も、その「痛み」ってのは「痛み」から来るストレスが辛いわけで、その痛みのストレスの指標を計るバロメーターがあるんですけど、そう考えるようになってからテストしてみたら僕のストレスは半分になってたんですよね。そういうのってないてすか?バッティングでも上手く打てた時は自分の中から打ってるんじゃなくて、外から自分のバッテイングフォームを見てるような感覚っていうのがないですか、ち
ょっと外から見てるみたいな感覚。

栗山)一流のプレイヤーってもう1人の自分が見てますよね。でも太田さんは、自分の手ですから。「"俺の手じゃない"作戦」ですよね。

太田)そうです。だけどこれも欠点があって、顔とか頭はダメなんですよね。「これ俺の顔じゃない」とか「頭じゃない」とか言っても脳みそに近いせいか切り離して考えられる場所が見つからないんですよね。手とか足だと遠ければ遠いほど切り離せるけど、頭切り離しちゃうわけにいかない、それを考えてるのが頭だからね。