「日本一のフェラーリ使い」と呼ばれていた太田哲也は、1998年5月3日、全日本GT選手権第2戦で不慮の事故に巻き込まれ、「全治3年」と診断されるほどの火傷を負った。そして3年が経った今夏、苦しい日々を乗り越え、再びレースに帰って来た!!
 そのレース直前にナビゲーター栗山英樹氏が太田選手を直撃。放送では入らなかった、太田選手の熱き思いを特別公開。

-----------意識不明の重体、その時太田哲也は暗い坂道に立っていた。そこには黒いマントを着た初老の男が立っていた。その男は太田の肩に手をおき「君はもう十分濃い人生を送った」と囁いた。太田は自分が死んだことを悟った。太田は黒いマントの男にうながされるように、坂道を下り始めた。その時、坂の上の方から、自分の名前を呼ぶ家族や友人の声が聞こえた。太田は黒いマントの男をふりきって、踵を返して坂を上ることにした。男は追ってこなかった。だが、背後から黒いマントの男の声がしした。「生きることはつらいことだよ。」太田は意識を取り戻した。

栗山)"黒いマントの男"の話、これ何回も聞かれたと思いますが、僕自身も凄く、太田さん自身の口から聞きたいと思っていて、やっぱり彼の存在っていろんな意味あったのかなって…

太田)僕は元々宗教的な物とかそう言う物を信じないって言うか、全然受け入れないタイプなんです。でも"黒いマントの男"ってのは、ハッキリと覚えてましたよね、で、その時は、最初はだから、漠然と"黒いマントの男"って死神だったのかなぁって思ってましたね。

栗山)太田さん。事故が起こったときに覚えてるのが「カシャン」と言うぶつかる時の音ですか

太田)それで、真っ暗になって終わり

栗山)それだけなんですか

太田)その後"黒いマントの男"が出てきて、僕の肩を抱いて「濃い人生を送ったね」って言ったんですね。真っ暗闇の中で、ま、洞窟みたいな所で。

栗山)太田さん、今ふりかえってみると、それがイメージされたというのはいつなんでかね。事故が起こってしまって…

太田)最初はですね、特定できなかったんですけども、ただ事故の瞬間の事は僕の…ビデオの映像のように目に付いてるんですよ。その後ぶつかるまでよけてた事もよく覚えてるし、ぶつかった瞬間の音も覚えてるし、ただそのあと爆発した火は見てないんですよね。いろいろ謎解きみたいなのをしていくと、それは僕が燃えてる時だったんだって分かったわけですよ。何でそう思ったかと言うと風の音が聞こえたわけですよ。「ゴォー」って言う、風の音が聞こえたから、僕は最初医務室に運ばれてから救急車に乗って、病院に行く時に「ゴォー」って音が聞こえたのかと思ったんだけど、あるとき気付いて、あれは「ゴォー」っていう音は風の音じゃなくて、燃えさかる炎の音だったんじゃないかって、全部覚えてる事が記憶をチェックして行くと、もう間違いなく、あれは車の中で聞こえたんだなと思ったんです。意識はなかったはずだけどね。

栗山)太田さん、その結果、死神に勝とうと帰って来られた

太田)そうです。10日間でしたかね、1週間だったかな、全く意識がなくて、で、東京女子医大で徐々に意識が戻っていく中で、こんな事があったよって。で、思い返していくうちに"あれは死神だったのかも知れないな"って。その時は死神に勝ったって思ってたんですよね。それ以来ずっと死神は出てこなかったから。彼が「濃い人生を送った」と言った時僕は死を意識した。そして、マントの男から逃げてきた時に、「生きる事は辛い事だよ」って僕に言ったんですよ。それがキーワードだと思うんです。僕は意識が戻った時は、そう言う風に言った男を死神だと思った。「俺は勝った。これからレースに復帰するぞ」って言う風に思ってたわけです。でも、その頃は何も分からなかったわけです自分の状態が。辛い状況の中でも「いつか復帰できる、俺はいつか復帰してやる」って言うのが一つのパワーになってたんだと思うんですね。ま、怒りのパワー。ところが事故から1ヶ月か2ヶ月ぐらいした時に鏡で自分の姿をはじめて見た時に、全てが見えちゃった気がしたんですね。要するに「俺に復帰はない」って「俺は戻れない」って。それは、単に顔を見たからガッカリ来たって言うんじゃなくて、顔と体を見た瞬間に自分の将来が全て見えてしまったような気がしたんですよね。

栗山)太田さん、今簡単にそういう話してくださるんだけど、「もし、自分がその立場だったら」と思った時に、自分の姿を見た時の将来の絶望感。その時に、ホントにどんな感じなのかって、聞くのが本当に失礼なんですけど…

太田)別に失礼じゃないですよ。でも想像できないと思うんですよ、おそらく。僕も見た時に…思考が止まっちゃうって感じですよね。ドラマであれば「ワぁー、どうしよう」とか「うわぁー」とか、そういう風になりがちだけど実際はそうじゃなくて、余りにも受け入れがたい事があると真っ白になっちゃうって感じですかね。だからショックで悲しさなんて全然わいてこなくて、悲しいとか辛いとかじゃなくて、凄いショックって感じ、驚いちゃったって感じですか。

栗山)ホントに自分には見えないわけですよね、絶対に。「これ自分じゃない、自分じゃない」と思ったわけですね。

太田)「どう言う意味なんだろう」って、「これ一体どう言う人間なのかなぁ」って、「どういう…まさかそうかな?」と思って触ってみると自分なわけですよね、「これは夢じゃないかな」と思って、そう思いながらも「夢じゃない」と思ったり。ウトウトすると「なんだやっはぱり夢だった」って言う夢を見て、起きると夢じゃないって。その繰り返し。どっちが現実かわからなくなってくる。で、全然眠れなくなってくる。夢見てるんだから寝たのかなかと思って時計を見れば5分も経ってない。それの繰り返しがきつかったですね。だんだん「そんなはずはない」って思ってたものが、「そうだったんだ」って事に気付いてくるわけですよね。自分の心の中で理解してくわけですよね。夢であってほしいものが現実で、現実だと信じたいものが夢だって。そうすると、一気に悲しさという感情が入ってきて、がっくりして行くと言う感じですかね。少しずつ悲しみが涌いてきてワッーと加速度的に悲しみが頂点に達するみたいな感じですかね。