角澤:黒岩さん、とにかく今回のソルトレークは、標高が高いことがあがっ ていますが。

黒岩:そうですね、1400mですからね。標高が1400mということは、スピ ードスケートの短距離に関していえば影響がある。逆に5000m、10000mの選手は、心肺的な部分を強化していかないと苦しい部分がある。

角澤:それは空気抵抗が薄いぶんですか。荻原さん、実際、現地に行かれて 印象はどうでしたか。

荻原:スケートは1400mですけど、クロスカントリーの会場は、1800mなんですよ。山ですからね。実際僕もクロスカントリーのコースを走ったんですけど、やっぱり酸素の薄さから、呼吸の苦しさが、早い段階でやってきますよね。

角澤:いつもより苦しくなるのが、本当に時間が短くなるんですよね。現役時代に、空気が薄い所でやられてたと思うんですが、どんな感じですか?

荻原:これは僕の場合ですけど、個人差があるので。僕の場合は、苦しくなると視力低下。よくお風呂から急に上がると、目の前がぼんやりと立 ちくらみですよね。あれが、長い時間続くんですよ。コースが段々見えなくなってきて、すごく辛い思いをしました。

角澤:本当に極限の状態までいっちゃうんですね。黒岩さん、スピードスケートの世界では具体的に対策は必要になってくるんですか。

黒岩:長距離に関して言えば、オランダ・ノルウェーの選手が長距離に強いんですけれども、やはり高知トレーニングを取り入れてるんですよ。2000M以上の所で生活しながら、計画的にトレーニングをしてくる。うすい空気の中でも対応できる体を作る。その中で自分の持っている力を発揮する。かなり苦しいトレーニングなんですけど、そう言う部分も考えていかなければいけない一つかなと思う。

角澤:見ている人から言いますと、空気の抵抗とスピードスケートの関係はよく聞きますけど、具体的にイメージしずらいんですか。

黒岩:500m、特に短距離に関して言えば、空気抵抗っていうのは、スケートの場合、氷とスケートのエッジの部分の抵抗が一つと、空気抵抗が大きな2つの抵抗になるんですね。その中の一つとして空気抵抗は、まず選手が滑る、物体が動くときに、まず、ぶつかる時に発生する抵抗が一つ。その物体が動く事によって、物体をなめる様に風邪が流れますよね。その物体の裏で渦を巻いて、後ろに引っ張ろうとする抵抗が二つ目の抵抗。こういう部分が、空気が薄いと少ないわけですよね。1400mとはいえ、空気抵抗は発生する。そうなると必要なのは、抵抗を少なくする事が重要になる。長野五輪にはオランダの選手が、いき なりここにヘルメットストライプっていうものをつけはじめたんですよ。頭につけるストライプは、高さが2mm位のテープ状のものなんですけど、まず、これをつけた。で、足のこの部分(すね)にも2本つけたんです。

角澤:単なるテープですか?

黒岩:そうです。突起物の2mmくらいのテープです。このテープが頭にある  事によって、正面からぶつかる空気抵抗はしょうがないですけど、後ろで渦巻く、これを変化させようと思った。欧米の選手は、まず正面からぶつかった空気を、この2mmくらいのストライプで軌道を上に変えちゃうんですよ。頭にそって流さないで、軌道を変えさせる。そうすると、これがこう回って後ろで巻こうとする。ただ巻こうとした時に、この物体は前に移動しますから、後ろの抵抗が少なくなる。

角澤:体と離れたところに抵抗が生まれるようにする訳ですね。

黒岩:そうですね、その空気の流れを変えるためのストライプだった訳です。足に貼ったのも、足の裏で巻く渦を出来るだけ自分の体の後ろで巻かせるような。ここまで考えるくらい、スケートの場合、空気抵抗は競技成績に影響する、ということなんですね。

角澤:さっき荻原さん、打合せのとき、びっくりしたのは、いわゆるリンクの枠の部分の形によって、アップしてるじゃないですか。それで空気の流れが黒岩さんが変わって来ると、黒岩さんが話してたじゃないですか。

黒岩:以前であれば、オランダ、海抜0mのところのリンクと標高1000mのリンクは、500mでいうと1秒差があるといわれていた。室内リンクが出来たおかげで、ほとんど同じになってきた。これは室内リンクで滑る事によって、室内の空気が流れる事が起き始めた。よく風呂場で水をためて、かき混ぜれば水が流れますよね。あれと同じような状況が、室内のリンクの中で起きる。常に追い風の中で競技をしてることが起き始めた。

黒岩:リンクの周りの枠ですね、建物ですね。ですから今度のソルトレイク  の会場の写真を見せてもらったんですけど、比較的リンクに沿って作られてる会場なんですね。だから、空気が薄いところ、プラス空気の流れの良いリンクになっていると言えるんですよね。これは好記録が生まれる大きな要因なんですよね。

角澤
:スピードスケートの世界はそうですけど、空気が薄い、高地にある複合はジャンプもありますが、どうなんでしょう。

荻原:ジャンプに関しては、空気抵抗が少なくなることは距離が出にくくなるんですけど、その分、助走路のスピードが出ますよね。高地になることによってデメリットが生まれるというのは僕は無いといって言いと思う。

角澤:いわゆるプラス、マイナス0と言うことですか。

荻原:スケートと違うのは500m、スタートとゴールがきっちり決まってますけども、ジャンプに関しては、例えば距離が出なかったらジャッジがミーティングしてスタートゲートを上にすればいいことなんですよね。ですから、ジャンプに関しては、そんなに難しく考える必要はないと思いますけど、やっぱりクロスカントリーですよね。酸素が薄いことで呼吸が苦しい。その対策としては黒岩さんがおっしゃったように標高の高いところで、できれば、生活ができればいいんですけど。マラソン選手が、コロラド、ボルダ-に行くように、ああいう高地トレーニングを年に何回かやっていくことが必要ですよね。

角澤:いかに環境に体を慣れさせるかですね。

荻原:今、複合チームは毎年秋にオーストラリアのラムソーという標高3000mの氷河のうえで、夏場から秋にかけて合宿をするんですけど、その回数を、この夏増やしてもいいんじゃないかと思います。

角澤:雪の中ではどんなんですか。

荻原:僕が行った時は、ほとんど人口雪なんですよ。人口雪の特徴は、雪の結晶がすごく粗くて、非常に硬いんですよね。粗いということは、ワ ックスが落ちやすい、よく硬い雪の上でスキーし終わった後、後ろ見 ると少し白っぽく滑走面、プラスティック自体が削られちゃってるときがあるんですけれど、そういう状態になりやすい。それと硬いということは、ガチガチの硬い雪の方が、早く疲労がやっ てくるわけですから、そのへんのトレーニング方法を考えてもいいかと思う。

角澤:風はそのときによるんでしょうけど、特に強いとかありますか。

荻原:特に無いですね。風は。天候も高地ですから、わりと穏やかな天候が、僕がいったときは続いていました。まぁ、雪質の話は出ましたけど、ワックスがすごく重要な部分になってきますから。オリンピックに向けて1年前のプレオリンピックのデータを、もちろん残してますし、あと極力、早い段階でワックスチームは乗り込んで、雪の状態を調べたり、天候の変わり方を調べなければいけないでしょうね。

角澤:黒岩さんオリンピックいってみないと分からないですけど、下調べですよね。

黒岩:まぁ、でも、1年前に、スピードスケートも世界選手権もやってますし、状況的には把握してる部分が大きいと思う。

荻原:氷の質を変えられるという話を聞いたことがあるんですが、スケートリンクの氷の温度を調整できるリンクだと聞いた。

黒岩
:やっぱり硬い氷、柔らかい氷がありますよね。そういうのを調節できるようなシステムになっていると聞いた。

角澤:それは、柔かい、硬いでは、どっちがどうなんですか。

黒岩:若干ね、これは個人差があると思うんですよ。ただ、コーナーで負担がかかるところは、やわらかめを好む傾向にありますよね。

角澤:スムーズに曲がれるんですか。

黒岩:あれだけの高速で、半径26mのカーブを曲がるわけですから、かなりそこでの抵抗は大きいと思うんですよね。その中で、日本の選手が持っている技術力と、それをうまくいかせるエッジと氷との摩擦、若干、柔らかめだと、しっかりしたコーナーリングができるという話は聞いたことがあります。それが、うまくリンクで調整できると聞きましたけどね。

角澤:どれ位に設定するのかが難しいですよね。

黒岩:これは経験上で、リンクの方は、みんな把握してますから。もちろん長野のリンクでもそうですし、センサーを各部署につけてそのセンサーをもとに温度設定を決めて、一番、やはり滑るリンクといわれたいのは、リンク側ですからね。世界記録をうちのリンクで出したという、その気持ちで、氷作りに携わっているとおもう。

荻原:カナダのオリンピックオーバルが、今まで言われてましたけど、そういう意味では、ソルトレイクシティーのリンクでね。

黒岩:いや、もう、名乗りあげましたね。

角澤:オリンピック終わった後も、ここは出るんだぞとなると、やっぱり違うわけですね。

黒岩:やっぱり世界1のリンクだと、誇りはあると思うんですよね。

荻原:あと名物コースに選手が合わせてくるっていうのもあるじゃないですか。他の大会に、力を抜いてるわけじゃないですけど、記録を狙う人は、そのリンクにかけてきますよね。

黒岩:そうですね。だから前2~3週間の試合は悪い言葉で、捨て試合にして、そのリンクで世界新を狙う。そういうコンディショニングをしてくる。

 

 
 

角澤:清水宏保選手が、見事な世界新記録をこの前、出しましたけどあの試合はどう思いますか。

黒岩
:これは清水君の持ち味である、スタートから100mまでのトップスピードにもっていく短さ。確か、9秒04台でもっていった。やはり清水君の特徴は、止まっているところからいきなりパンッと飛び出して、100mでもとにかくトップスピードにもっていく。で、コーナーリングからバックストレート、最後のコーナー曲がって、最終ストレートまで、常に加速しているのが500mですから。あのレースで僕がビックリしているのが、清水君が「失敗レース」だと。あの言葉に僕は清水君の頭の中には、33秒台が入っているんだなと思いました。

角澤:もう一つ先の世界が。でも、清水選手には、あの失敗で得たものは何ですか。

黒岩:僕は清水君が失敗レースだったと、と言ったレースは、100点満点だと思うんですよ。というのは、清水君の頭の中と体が覚えているものはやはり、今まで出した34秒08、34秒09が体で覚えているんですよ。ただあの時、34秒03という記録が出たときに、初めて分かったのは今までのコース取りではダメなんだ、と分かったと思う。彼が今まで完璧だと思っていたバックストレートから最終コーナーに入る所、コーナーの頂点でくっついて、それからふりだされる力を使って最後のストレートに出てくるという、そのルートがやはり33秒台になってくると変わってくる。まあ、F1だとか、バイクレースでいえば、アウト・イン・アウトの細かい部分が、微妙に変わってきてるな、それが彼にしてみれば失敗レースだったというのは、33秒だす為には、このコース取りではダメなんだというものに変わったような気がするんですよね。

角澤:次晴さんも、普段お付き合いがあるようですけど、失敗だったと言える彼をどんな風に見えますか。

荻原:選手それぞれの満足度だと思うんですよ。彼は、33秒台で走りたかったという夢があって、それができなかった。でも、結果は世界新でしたけど、1番の目標が達成されないと、どんなにいい勝負をしたとしても、やっぱり夢まで届かなかったところで失敗だった、満足度に欠けるということをレース後に、直後には言ってましたけど、その後に「でも本当は嬉しいでしょ」って聞いたら、「時間が経ってきて、やっぱり嬉しいですよね」って言ってましたよ。そりゃ、嬉しいですよね、世界新ですから。

角澤:黒岩さん、やっぱり本人がおっっしゃていたのは、世界で33秒目指してやっているのは、自分しかいないんだ。こんなたまらない事はないんだ、と。どうですか、見ていてアスリートだなと感じる部分はどんなとこでしょう。

荻原:アスリートというよりは、彼はGTカーですよ。選手を超えた一つの世界最速記録を作るマシーンというように見てます、僕は。

角澤:我々TVの画面を通して見るイメージでは、彼の発言をみてても、筋繊維一つ一つを自分は知覚できるようになった。ストイックな、仙人のようなイメージがあるんですけど。

荻原:でもね、非常にトレーニングに向かう姿勢は凄く真面目ですよ。

角澤:やっぱりストイックな部分もかなりある。

荻原:かなりありますし、なければ世界のトップに立てないと思う。

角澤:現状に満足しない、いいレースと周りが言っても首をかしげるのも、トップアスリートには大事なんですかね。

黒岩:僕は大事だと思いますよ。それが、こだわりだと思うんですよね。やはりこだわりを持ってスポーツに携わっていけるから、そこで自分がやらなきゃいけない目標・課題が出てきて、その目標・課題を克服す るために今何をやらなければいけないか、またアイデアが出るわけです。そのアイデアをいかに工夫して克服する為に結びつけていくっていう。いってみれば、彼はゲームをやっているんじゃないかなという気がしますけどね。

荻原:数年前、荻原健司がノルディック複合で、勝ち続けたときがありましたけど、優勝しても今日は面白くなかったというときが何度かありましたね。というのは、確かに世界で勝ったけれども、今日1回目のジャンプが失敗したし、どちらかというとスキーもあまり滑らなかった。世界で勝つことよりも最終的には、自分の満足度というふうに変わってくるんだと思いますよね。

黒岩:それは言えますよ。だから逆に彼らは負けたレースでも満足しているレースがあるんですよ。負けた事に満足してるわけではないんですよ。ただ、今のこの状況でこのレースができたことに満足してるっていうのはあるんですよね。

角澤:黒岩さんもありましたか、負けたレースで満足した経験って。

黒岩:ありますよ、それはたくさんあります。逆にここで勝っちゃいけないと、自分で制御して出場するレースもありますから。それが最終的にこのレースで勝つための段階であると考えたわけですよ。

角澤:勝つことが全てじゃないと割り切れるレースもあるわけですか。

黒岩:でも、最終的には勝つという大きな枠組の中で自分で考えながら組み立てる過程ですけどね。

角澤:いよいよ、来年、あっという間に迫ってきた感があるんですけど、シーズオフが終わっていよいよ本格的に入ってきますが、この時期選手はどんな事をやっているんですか。

荻原:スケートの選手はよく分からないですけど、スキーの選手は、今うちの兄貴ともよく会ったりしてるんですけど、シーズン、冬が長かったですから、4月の中旬くらいまでは少し休みながら、たまには山に出かけて春スキーをしたり、海に行って遊んだりしてますけどね。基本的には、なにか体を動かしていますけど、冬へ向けたトレーニングではなくて、気晴らしの時間を過ごしてましたね。

角澤:健司選手は、気晴らしの部分で何かやられているんですか。

荻原:僕もね、顔が黒いのそうなんですけど、彼と一緒に海に行ってサーフィンにお付き合いしてるんですけど、やっぱり冬の苦しみから少し開放されて非常に楽しんでましたけどね。ときには、波を待ちながら、冬に向けてどうやっていこうか、どういう事が必要かなど、たまに話しますけどね。

角澤:黒岩さんも現役時代は、波を待ちながら(笑:

黒岩:まあ、やってましたよ。波を待ちながら、波を作りながら(笑:。多分やっていたと思うんですけど。僕も一つ、清水君がF1が好きだって話を聞くんですけどね。実は僕も、バイクがすごく好きだったんですよ。2年間くらいバイクに乗っていたんですけど、それは大型のバイ クでかなりパワーのある、スピードの出るバイクだったんですけど。バイクに乗りながら最終的にはスケートの事を考えていたなと記憶があるんですよ。小さなカーブを、いかにスケートで難しい、最後の一番難しいインのカーブを曲がるときに発生する恐怖心だとか、そこで、どういうコース取りでいいのか。なんとなく僕はバイクで覚えたなと気がしてるんですよ。これからスピードの選手が、バイク狂になったら困るんですけど、自分なりのスケートと結び付けて考える、自分が経験できないものを、バイクで経験してきたと思う。

角澤:コーナーに入る勇気みたいなとこですか。

黒岩:そうですね、あのスピードでコーナーにどういう感覚で入るか、その感覚の問題だと思うんですよね。

荻原:左コーナーの時に考えたんですか。

黒岩:そうそう、右のカーブっていうのはバイクが怖くて僕はできなかったんですよ。

荻原:人間の本能的に左カーブが得意なんですよね、人間は。でもやっぱり、そういうのを考えながら体重移動とか。

黒岩:そうそうそう、コーナーの入り方とかね。だから、あとオフシーズンにスキーに行ってね、スキーでそのまっすぐいって、いきなりターンするとかっていう、そういうこともね、よく考えてましたよね。

角澤:普段の生活の中で思わずやってしまうこととかありますか。

黒岩:これはね、僕がほんとに友達にバカにされたんですけどね、おまえ後ろから見てると、スケート滑ってるように歩いてるぞとかね。

角澤:前傾とかそういうことですか。

黒岩:いや前傾はしないですけど、やはりスケートって体重移動の問題ですよね。その一瞬で、すとっんって体重を全部落とさないといけないとなると日頃歩いているのも常に体重のあるところ、あるところにすとん、すとんと体重をしっかり乗せて歩くとか、例えば、自分の手の振りとかは、昔世界に行く前ですけどね、スケートでは必ずこの方向に振らなければ推進力にならないという方向があったときに、自分の手の動きこうだったんですよ、実は、もうこれ陸上だったらいい手の振りじゃないかな思うんですけど、スケートの場合はこういう風に動く競技なわけですよ。ですから、推進力にする為には、こっちに手を振るとそういう事があった場合には、歩くときからこうやって、そのくらいね、日常生活の中でスケートっていうものを考えていた記憶がありますね。だからスケートは哲学だっていう風に考えて、その自分の哲学を中心に膨らませていったという気がするんですけどね。

荻原:はたから見たらあの人やたら、手振って歩いているみたいな。

角澤:そういう普段からグーっと気がついたら、考えてることってありました?

萩原:どうですかね、僕は普通に歩いていてもスキーの滑り方のような歩き方してますけどって、ただのがにまただろうっていう、関係ないのあ りましたけどね、でも僕の場合は、そんなに生活の中で考えるって事はなかった。スキーの滑り方のような歩き方してますけどって、ただのがにまただろうっていう関係ないのありましたけどね。でも僕の場合はそんなに生活の中で考えるってことはなかったですかね。歩き方とかイメージはしてましたけど、でも何か気にしてやったというのは特にないですね。

【後編に続く】