今回のドラマ化決定に際して、遠崎、中島両先生からメッセージをいただきました!
今なお熱く燃える両先生のアストロ魂を感じてください!
遠崎史朗
「アストロ球団」を書いた30年前っていうのは、70年安保・労働争議、様々な混沌があって、大学生だけではなく、みんなが騒いでいた時代だった。そこへ浅間山荘事件(1972年)が起こって、「強いもの=権力」には勝てないんだという挫折感を味わったのがあの時代の若者たちで、その人たちが「アストロ」の読者層だった。野球も巨人がやたらと強くて、野球自体がつまらなくなってしまって、巨人ファンなんだけど「アンチ巨人」という人たちが出てきたような時代――「四無主義」と言われて、オイルショック・不景気、なんだか何をやってもダメだ、先が見えない、という空気があった。そこへ「アストロ球団」が登場し、バカみたいに「一試合完全燃焼」を謳って、先は見えないけど誰かに期待してはダメで、期待できるのは自分だけ、奮起すればおのずと道は拓ける、とやって、共感を呼んだんだと思うね。

30年後の今、北朝鮮、中国・韓国等日本をとりまく国々との問題があったり、ずっと不況が続いていたり、再び先が見えない、希望がない時代がやってきた。そこに「アストロ球団」が復活するのは、とても意味のあることだと思う。30年前、「こんなことあり得ない」という部分ばかり突っ込まれて、実際、「アストロ球団」を笑いとばすのは簡単なんだけど、「アストロ」で言いたかったことはそうではなくて、とにかく命を賭けて一生懸命やっている、そこにこそ価値がある、ということだった。思えば、当時「打倒米大リーグ」なんて掲げて「夢みたい」と言われたけど、実際には野茂やイチロ-・松井が登場して、その夢みたいなことが現実になっているわけだ。そう考えると、30年経って、ようやく理解された、ということなのかな(笑)。でも、そもそも沢村栄治という人は戦前にベーブ・ルースや名だたる米大リーグの名選手に投げ勝ったものすごい人で、その人のすごさも表現したかった、というのもある。

とにかく、「やればできる」、そういう昔ながらの哲学が「アストロ」の世界なんだから、「やるしかない!」ってことを言いたいね(笑)。前進あるのみ。(談)
中島徳博
これまで幾度(イクタビ)か「アストロ球団」の映像化の話が持ち込まれ、その度(タビ)にどんな世界が現出されるか、夢を見て来た。しかし夢はいつの間にか悉(コトゴト)く立ち消えになってしまった。今回も当初は、一体どこまで、このプロジェクトが実現できるか、半信半疑であったが、とうとうここまで漕ぎつけた。感慨は深い。

今回のすべては復刻版から始まった。一九九九年春、突然舞い込んだ幸運の報せ。情熱と蛮勇あふれる林和弘氏はじめ太田出版編集スタッフによりあっという間に、全五巻という重厚な本が仕上って来た。その情熱に触発されてか、再度いくつかの映像化の話が来た。夢は夢のままで潰えたかのように思えたが、最後にテレビ朝日に繋がった。

「アストロ球団製作委員会」の立ち上げに、奔走尽力されたテレビ朝日スタッフのアストロ魂に敬意を表したい。いざ三十年もの時空を超えての映像化となると心持ちで喜ばしい反面、今という時代にどう評価されるのか、空恐ろしくもある。しかし原作とドラマとは別物である。アストロイズムがどれだけ再現できるか期待している。若い頃、漫画とは飢えと怒りと熱さで描くものだと自負して来た。まだまだ日本は貧しくガムシャラでエネルギッシュな七〇年代だった。稚拙な絵にも拘ず連載を了とされた「少年ジャンプ」編集部、暴走しまくる漫画屋(モノカキ)を見守って下さった遠崎史朗先生、アストロの野放図さを認め育んで下さった西村繁男氏、この人との邂逅なくして「アストロ球団」も漫画屋(モノカキ)としての小生の存在もないと断言できる担当の後藤広喜氏、そして何よりも連載時無理怪奇な構図を押し付け多大な迷惑を蒙らせたスタッフ、今まで忘れる事なく支持してくれた読者諸兄諸姉に深甚なる謝意を申し述べたい。末筆ながら、あらためて太田出版とテレビ朝日の労苦と奮闘に深謝!!!