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reported by   堂真理子

皆さん、こんにちは。
このコーナーの第5弾は、「ドラえもん募金」についてお伝えします。
新潟県中越地震発生からすでに2週間以上が経とうとしています。
依然、多くの方々が辛い生活を送っていらっしゃいます。
被災者の方々を少しでも救助出来たらと、テレビ朝日では「ドラえもん募金」を行っています。電話一本で、100円を寄付できるというシステムになっております。
詳しいアクセスの仕方、そしてドラえもん募金についての詳しい情報はこちらのページをご覧ください。
http://www.tv-asahi.co.jp/doraemonbokin/

もちろん、テレビ朝日の玄関アトリウムにも募金箱が用意してありますので、テレビ朝日にいらした方は直接この箱に入れていただくことも可能です。

また、実際に新潟県に取材に行かれた山口アナウンサー、富川アナウンサー、河野アナウンサー、そして松尾アナウンサーに現場の状況をお聞きしました。

  富川悠太
「もうおじいちゃんおばあちゃん用のおむつがない!」
「お風呂はいつ入れるの?」
「うちは8人家族なのに3つしか使い捨てカイロがもらえないんだ!」
「早く足を伸ばして寝たい!」・・・被災地でいろいろな言葉を聞きました。
被災者の方々が本当に欲しいものが役所などに伝わっていないのが現状です。
例え声が届いたとしても人数の問題・物資の数の問題・道路状況などで避難所の隅々まではなかなか届きません。

そして他の地域の方々も「何とか力になりたいんだけど、どういう手続きを取ればいいのかわからない」という方が多い気がします。

避難所を取材していると、住民のみなさんがそれぞれの力を効果的に役立てていることがわかりました。池ヶ原地区では、農家の方々が自作のお米や野菜を持ち寄り、大工さんが倒壊した家の廃材を使ってトイレやシャワー室を作り、電気屋さんが発電機で電気を流したりしていました。
小千谷の商店街では、それぞれのお店が食材を持ち寄り、それを割烹料理の板前さんが調理していました。

このように住民のみなさんの中には行政の力を借りずに「自分たちの力で何とかしよう!」という方々も多いのです。
ただそれも物資が足りていないからという理由もあるでしょうし、いつかは底を尽きてしまうでしょう。
だからこそ!私たち一人一人が少しでも力になることが出来れば、それがきっと大きな力になるんです!!

もし「何とか少しでも力になりたい!」という方がいらしたら、千羽鶴を一羽折るような気持ちでドラえもん募金に電話をかけて下さい。
みなさんの一羽が何千羽・何万羽となって中越地方へと羽ばたくでしょう。

よろしくお願いいたします!!

  河野明子
地震が起きたとき、私は震源から少し離れた新潟市内にいた。
日帰りの仕事の予定が、結局そのまま4泊新潟にとどまることになったが、市内から震源近くの地区に行くにつれて、車の外には別世界が広がっていった。
深夜、仮眠をとるためようやく見つけたホテルでは、部屋中の物が全て倒れ、とりあえずベッドの上を開けて寝ようとしたものの何度も強い余震で飛び起きた。
動揺しながら最低限の荷物をまとめて扉の横に置き、いつでも出られるよう靴を履いて寝た。

初日は水も出ない、寒くても着替えがない、食べ物も買えない。
4日間の取材は私にとって果てしなく長く辛く思えた。
でも、それでも4泊。
少しずつ復旧してきているとはいえ、日に日に寒くなっていく新潟であれから2週間経った今も生活している人たちがいる。

  山口豊
私が、新潟県中越地震の取材で現地に入ったのは、
発生からちょうど1週間というタイミングでした。

向かったのは、もっとも被害のひどかった新潟県小千谷市。
東京を出たのが夕方5時過ぎで、現地についたのは
なんと翌日の午前1時。8時間もかかってしまいました。
今は半分くらいの時間で現地に行けるようですが、
まず実感したのは、道路の傷跡の深さでした。
現地に近づくにつれた、路面の亀裂や、段差は激しくなるばかり。

テレビでは見ていましたが、震度6強の破壊力に改めて驚きながら
現地に到着しました。

家屋は、特に古い建物に被害が集中していました。耐震構造のある無しが
被害の大きさを分けたようです。
ただ、外から見て、ほとんど被害の無いように見える住宅でも、中に一歩入るとめちゃくちゃな状態でした。取材させていただいた70を過ぎたお年よりは、「どうやって片付ければいいのか悩んでいるんです。」と、深刻な表情で話していました。

被災地では、今も多くの方が、避難所で生活を続けていらっしゃいます。私が向かった池が原地区は、なんと400人ほどの方が、トマト用のビニールハウスで寝泊りをしていました。
小学校の体育館も被害がひどく、ここのほうが安全だろうという町内会長の判断でそう決まったそうです。

ここの特徴は、皆さんが自分たちで団結して苦境を乗り越えようとしているところです。
ビニールハウス内の管理から、炊き出し、トイレの設置、そして近所の酒蔵にあった大きな釜を利用した自家製の風呂まで、ほとんどを自分たちで作り、自分たちで管理していました。

皆さん朝から夜まで、とても忙しく動き回っていました。そのためか、こうした苦境の中でも、他の体育館の避難所にいる方々よりも、少し表情が明るく見えました。

現地で伺うと、今最も足りないのは、水だそうです。飲料水や、炊事用の水は足りても、せっかくの自家製の風呂に使う水がないそうです。

そして、もっとも過酷なのは、やはり寒さです。私が取材した日の朝には、この周辺で摂氏2、5度を記録しました。寝ていても寒くて目がさめてしまうという声も多数聞きました。

そうした中でも、全国から届く救援物資、そしてボランティアの方の奮闘に、被災者の皆さんは勇気付けられているようです。
取材していて、あるお年寄りから、「全国の皆さんに、本当によくしていただいてありがとうございます、と伝えてください。」と声をかけられました。

皆さんの善意が、被災者の方々をとても勇気付けていることは間違いありません。
ぜひドラえもん募金へのご協力をよろしくお願いします。

  松尾由美子
小千谷市にも電気が復旧し始め、
さぁ片付けるぞと、皆さんの表情に希望の光が射した、その時でした。

震度6弱の余震。
余震と言うにはあまりに大きい。
ドーンという衝撃とともに大地が揺れる。
電線がしなり、家がきしむ。
2階から駆け下りてくる子ども、抱きしめるお母さん。
大きな力に振り回されながらも、建物の外へ出るよう促す大
人たち。
「地震です、大きく揺れています」
私は、そう振り絞るのがやっとで、
揺れが収まると、みんな無事でよかったと、ただただ感謝するばかりでした。

「またふり出しに戻った」
被災者の一人は、疲れきった表情に変わっていました。

小さな希望が見えたかと思えば、それをまるでかき消すかのように余震が襲う。
不安、恐怖、この緊張状態がいつまで続くのか。


私が出会ったあの方たちは、
今日も、深い不安を抱えながら避難生活を送っています。
肩を寄せ合い、励ましあって。

私たちにできることは何でしょうか。

被災者の皆さんに生きる力を。
復興に向けて、勇気と希望とエネルギーを。
受付は終了いたしました。
多数のご協力ありがとうございました。
このコーナーのバックナンバーはこちらでご覧いただけます。

<このコーナーは新人アナウンサーの佐々木 亮太上宮 菜々子堂 真理子の3人が担当しています。>

 
    
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