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どうしても欲しかった3人目の子供を先日授かりました。
3番目も男の子でした。
この子が無事に生まれてくるまでには、越えなければいけない困難がありました。


兄弟の手:8才の長男、4才の次男、そして赤ん坊

妊娠4ヶ月目の4月の検診で妻は「全前置胎盤」と診断されました。
全前置胎盤とは胎児が出てくる子宮口の全てを胎盤が塞いでしまっている状態をいいます。
全ての妊婦の500人に1人その中でも全前置胎盤は最も危険で最も少ないそうです。

「おなかの張りと出血に細心の注意を払うこと、妊娠中は絶対安静に!
少しでも出血があったら医師の指示に従って管理入院する、
妊娠末期になると突然大出血して母子共に危険な状態になる、
陣痛が始まると多量に出血します。
出血の有無に関わらず妊娠36週から37週に帝王切開をします。」

医師からは恐ろしくて怖い事ばかり聞かされました。
お腹の子を出来るだけ大きく育ててあげたい、でも大きくなってくると出血する危険が高くなる、妻とお腹の子はまさに八方塞がりでした。
さらに長男次男を帝王切開で出産している妻は子宮に残る帝王切開の傷に胎盤が癒着している可能性もあり、その場合はさらにやっかいだということでした。
男の私は何も出来ずにオロオロするばかり、2人の男の子も弟が出来ることを楽しみにしながらも、私たちのただならぬ雰囲気を感じてか、戸惑っているようでした。
ところが妻だけは違いました。
妻はお腹の子を無事に産むという待ったなしの状況にすぐに腹をくくりました。全てをお腹の子の為に捧げました。
妻はお腹の子の事を考えて家で安静にする日々が続きました。
春から夏になり妻のお腹は大きくなっていきました。
お腹の子も順調に育まれていきました。
そして、このまま平穏無事に何事もなかったかのように出産の日を迎えられるのではないかとさえ私たちは思っていました。

ところが、その日は突然やってきました。
7月14日の夜9時過ぎ・32週、夕食の後に自宅で突然の出血、妻と私は上の2人の子を祖母に預けて病院に向かい、妻はそのまま緊急入院します。
完全管理の絶対安静の中で、お腹の子をどこまで成長させられるか、母のお腹に一日でも長くいることが子の命を強くしていきます。
一日一日が子供のこれからを決める大切な時間です。
先生と看護師さんの献身的な看護を受けて妻とお腹の子はともに時間を重ねていきました。

そして、その日が来ました。
7月20日の朝・33週5日目に再び出血します。
今日このまま出血が止まっても、いずれ起こるであろう大出血の危険を考えると、この日の午後にお腹から赤ん坊を取り出すのがもっとも危険を伴わないであろうという先生の判断で、緊急帝王切開手術で出産することに決まりました。
分娩室ではなくて手術室に妻は運ばれていきました。
私はどうする術もなく、待合室にいるしかありません。
想像力は悪い事を考えてしまいます。
時間がなかなか進んでいきません。
午後3時、妻が手術室に入って1時間後に保育器に入れられた赤ん坊が出てきました。
本当はまだ母の胎内で寝ているはずのわが子が保育器の中にいます。
これまで妻のお腹に手を当ててしか感じることの出来なかったわが子が今目の前にいます。
しわしわのお猿さんのようでした。
長男次男とそっくりでした。
そして二人以上に私と瓜二つでした。
早産で未熟児ですからもっともっと小さいかと思いました。
2468グラム
予定日よりも6週間以上も早く生まれてきましたが、元気な男の子です。
看護師さんの顔を見ました。笑顔でした。
私も安心しました。
ただ安心はまだ半分です。妻の容態がまだわかりません。
妻はお腹を切っての手術です。
出血量が多かったら輸血を受けなければなりません。
この時の為に採り貯めておいた自己血で足りるのか?
命の危険もあります。
想像力はやはり悪い事を考えてしまいます。
気付けば待合室から見える外の景色は暮れかけていました。
毎日同じように繰り返される病院の外の風景が私には遅くもどかしく感じられます。
そして夕方6時過ぎ、全身麻酔で眠る妻が病室に運ばれて戻ってきました。
妻は体を張って頑張ってくれました。
母子ともに無事でした。
自分の命を危険にさらして、新しい小さな命を授かりました。
我が家はこの日から5人家族になりました。


家族が5人になりました!

ここまで文章を書いて、妻に読んでもらいました。
妻は言います。
「私は2人姉妹なのになんで3人目の子供を産もうと思ったのか?それはたくさんの人に手助けしてもらえたから。
人と人の結びつき、つながりがあったからこんなに怖い事も乗り越えられました。
一人では絶対に無理でした。
お友達、父母、家族の支え、家族に支えてもらう為に協力していただいた会社の方々、そしてお医者様と看護師の皆さん、この子が生まれてくるには数えられない位たくさんの皆さんに助けられてきました。
だから3人目を産む事ができました。
人と人の結びつきが無ければ、私はこの子を産む勇気が持てませんでした。」
新しい家族の名前は結人(ゆいと)といいます。
正期産ならば生まれてくるはずだった9月になりました。
母乳を一杯飲んで、一杯泣いて、一杯出すものを出して、出来れば私たちの寝不足解消の為にはもう少し長く眠ってほしいんですが、元気に大きくなっています。
この子はこれからどんな人たちと出会い、私たちと結び付けてくれるんでしょうか?
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