ある日、別の車両で取材に出る前に、夜勤明けの沼さんと入れ違った。
「これから帰られますか?」
「あぁ、まぁな…」曖昧な答え。
「週末だし、競馬かな?」出発後、取材クルーと話していたら、
六本木通りのパチンコ店前でタクシーが前のめりに止まった。
降り立ったのは、見慣れた丸刈りの後頭部。
大きな背中が、いそいそと大音量へ消えた。
「おう!さみーな!」
沼さん号で取材から帰ると、必ず警備員さんに話しかける。
「沼さん、いつも元気ですねえ…」と、マスク越しの返事。
車内には、こだわりの箱ティッシュが常備されている。
「風邪か?セレブティッシュ使うか?」
運転席から、ふわふわの数枚をぬっと彼に差し出す。
「おう!ダンナ元気か?」
一階の正面玄関前。
振り向くと、背中を丸めてタバコを吸っている。
雨の中、傘もささずに、くしゃみしながら。
沼さん、風邪ですか?
セレブティッシュのストック、まだありますか。
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