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Vol.86  「引き寄せる夕日」  (2005/09/14)

「寄り道をしてはいけません」

担任の先生は言うけれど、誰も守ってはいなかった。
通学路からちょっと離れた路地の、小さな駄菓子屋。
丸いガム、梅ジャムせんべい、ココアシガレット。
今日は何にする?
男の子たちは小銭を握り締め、手のひら会議が始まる。

「手を洗わずに食べてはいけません」

母は私に、いつもそう言った。
外では手は洗えない。
お金も持っていない。
家に帰ったら、おやつが待っている。
でも、どうしても、今ここで、食べたかった。

「じゃあ、また明日ね」

5時のチャイムが鳴ったら、夕日を背に家路を急ぐ。
ある日、帰宅すると、居間には見覚えのある大きな箱がどんと置いてあった。

「おばあちゃんが、送ってきてくれたよ」

問屋さんから、業務用を送ってくれたのだという。
駄菓子屋さんで、みんなが夢中になっていた「糸引き飴」。
束ねられた糸から1本を選び、引き当てた飴を食べる。

私は胸を躍らせて、初めてその糸を引いた。
三角形の小さなイチゴ。
もう一回。
だが、何度引いても、「当たり」の大きなオレンジは出てこなかった。

「もう、寄り道してはだめよ」

放課後の寄り道は、母には内緒にしていたはずである。
口の中で、ザラメたっぷりのイチゴがちくちくした。

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先日。
東京には、不気味なほどに美しい夕空が広がった。
嵐は去って、どこか懐かしい色彩を残す。
それは、かつての糸引き飴の、イチゴの色だった。

窓辺から伸びる電線の糸。
たぐり寄せたのは、沈みゆくピンクのかたまり。
大当たりだ。
   
 
 
    
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