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Vol.70 「秘密」
(2004/08/13) |
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お盆の帰省シーズンを迎えると、小学1年生の夏休みを思い出す。
20年前、初めて新幹線に一人で乗って、祖母の家を訪ねた。
「ひとりで、よう来たね」
祖母は私を思い切り甘えさせてくれた。
テレビを見ながらごはんを食べても、絵日記を寝る間際に書いても、何も言われない。
広いお風呂がたくさんある銭湯にも連れて行ってもらえた。
濡れた髪のまま、アイスを食べながらの帰り道。
まるで、東京から遠く離れた小さな王国だった。
それでも何日か経つとだんだん退屈になってきて、軽いホームシックにもなった。
家族に電話するのはちょっと悔しい気がしたので、
私は半ば躍起になって、仏壇の匂いのする部屋をむやみに探検したり、
日が暮れてからの線香花火のことをしきりに考えたりしていた。
冷蔵庫の下で彼を見つけたのは、そんなある日のことだった。
アースレッドの、紙の家。その中で、一匹がじっとしている。
生まれて初めて彼を目にした衝撃にしばし硬直するも、よく見ると脚がわずかに動いている。
気持ち悪いという感情は不思議と湧かなかった。
助けなきゃ。
しかし、かかったら最後。脱出させることは無理だった。
ならばせめてお腹いっぱいになってもらおうと、
祖母の好物だったおせんべいを持ってきて、砕いてから紙の家の中に入れた。
じっと観察していると、確かにもそもそ食べている。
その日から、私は朝早く起きて、必ず冷蔵庫の前でおせんべいを食べることにした。
そして、砕いたわずかを、冷蔵庫の下にこっそり置いた。
数日後、とうとう彼は動かなくなった。
家では、何の疑問も持たずにこおろぎやカブトムシを飼っているのに。
彼らの家はプラスチックで、あんなにも立派で、毎日スイカやきゅうりをむしゃむしゃ食べているのに。
どうしてこんなにも嫌われ、こっそりと捨てられてしまうのだろう。
あの時、やるせないという言葉をもし知っていたら、私はそんな気持ちだった。
絵日記には書かなかったと思う。
嫌われ者だと分かっていたからなのか、母が知ったら卒倒すると察したのか、理由は覚えていない。
「お母さんには内緒ね」と言って、数々の願いを叶えてくれた大好きな祖母にも、秘密にしていた。
あの時、はだしで立ち尽くした台所の冷たい床の感覚だけは、今でも忘れられない。 |
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