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Vol.29  「雨月物語」  (2003/03/31)

岩井俊二監督の「四月物語」。
この季節になると、必ず思い出す映画である。

大学進学のために上京した少女の日常を、淡々と描いた作品。
全篇に降り注ぐ桜の雨が美しい。

引越し先の部屋。用意したソファはどこに置こう。
カレーを作りすぎた。お隣さんを誘ってみようか、やめておこうか。
サークル、どうしよう。釣りなんてどうかな、あなた運動できたっけ。
実家の母と、少女との長電話。

私も、そんな大学生活を送っていた。
三日三晩、カレーだったな。
長距離電話代、高かったな。
スクリーンの奥にいる少女に自分を重ね、
当時、何故か安心したことを覚えている。

入学式、入社式。
誰もが日常の中で、別の環境に囲まれた、別の自分に飛躍する。
「どこでもドア」も「バーチャルリアリティ」も、
この季節には敵わない。

走り行く引越しトラックに、桜が舞う。
排気ガスと、甘い匂い。まるで、出会いと別れが交錯するような。
魔法というよりは魔力に近い、春の一瞬だった。
   
 
 
    
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