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Vol.75 「旅行記(ソウル編)」(2009/02/01)

スーツケースを開けると、深い朱赤が広がった。
コチュジャン、キムチの真空パック、辛口ラーメン。
冬休みの旅行先は、一目瞭然だ。


思えば、機内食から始まっていた。真っ赤なイカの炒め物。
辛いが、わずかに甘い。いや、やっぱり辛い。
味覚の禅問答は、金浦空港まで続く。

ソウルは、日中も底抜けに寒い。
屋台の湯気に引き寄せられてトッポッキ(餅の煮込み)を買う。
むっちりした餅が甘辛いタレにからみ、はひはひっと頬張る。


一皿3000ウォン(約200円)


こちらはダッカルビ
(鶏肉のコチュジャン炒め)と一緒に

スーパーに行けば、韓国海苔やチヂミの素が山積みになっている。
チョコパイのファミリーパックには、なぜか大きく「情」の文字。
思わず手に取ると、地元のアジュンマ(おばちゃん)が猛然と近づいて来た。
どうやら、「凍らせると美味しいから!」と言っている。
圧倒されて頷くと、ニカッと笑って去って行った。


圧巻の品揃え

ウォン安の影響で、百貨店は旅行者で溢れていた。
流暢な日本語を話すブティックのアガシ(お姉さん)にホテルまでの戻り方を聞くと、
笑顔で「143番のバスに乗るといいです」。
「バスは上級者向け」とガイドブックには書いてあったが…よし、乗ろう。
跳ねるような振動にこそ最初は驚いたが、
繁華街はみるみる遠ざかり、ゴム毬バスはぽんっと車庫に入ってしまった。
いや、投げ出されたのは私だった。
呆然と立ち尽くしていると、背後から甲高い声で「メイ アイ ヘルプ ユー?」。
風呂敷を頭にのせたアジュンマが片言の英語で、
彼方に位置する目的地までの道程を身振り手振りで教えてくれた。
涙ぐむ私の背中をバンバン叩き、
「ザ セイム ヒューマンビーイング!」と言いながら地下鉄の入口を指す。


戻った頃には、すっかり日も落ちて
街中は、旧正月前の電飾で華やかです

荷解きを終えて。
コチュジャンと韓国海苔をのせただけの、自家製ビビンバを混ぜながら。
疑ったり、信じたり、ほっとしたり、構えたり。
そこにあるのは人情ではなく、人の情。
辛い。うん、辛かった。でも、あとからじんわり甘い。
そうそう、チョコパイも凍らせないと。



(「日刊ゲンダイ 週末版」2月1日発刊)
   
 
 
    
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