かつて、檻越しの動物たちは、いつだって背中を向けていた。
ロマンスグレーの白くまは、たらんたらんと歩き回り、
不機嫌なライオンは決して吠えない。
幼い頃、動物園に行く度に、わずかな失望を覚えていた。
動物に、ではない。その閉ざされた空間に、である。
こんなところまで連れて来られちゃったよ。
幼い私に「憂い」という語彙などついぞ浮かばなかったが、
あの頃はぼんやりと、そう思っていた。
以来、動物園からはめっきり足が遠のいている。
あれから20年。
ならば、こちらから会いに行きたい。
香港経由で、24時間弱。思い立って、南アフリカに行って来た。
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Cape of Good Hope 喜望峰
大陸を車窓から
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ヨハネスブルクから、小型飛行機で約1時間。
南ア最大規模のクルーガー国立公園は、日本の四国の広さに相当する。
生息する野生動物の種類は世界で最も多く、
生態系のバランスを保つための管理が徹底されている。
アフリカゾウ、6000頭。ライオン、1200頭。バファロー、2万頭…。
「ゲーム・ドライブ」とは、車に乗って野生の動物を探すことをいう。
朝5時と夕方5時。
動物たちが行動を始める時間帯に、約3時間かけて広大なサバンナを巡る。
フルオープンの四輪駆動に乗って、低木をなぎ倒しながら道なき道を行く。
ボンネットの突端に座るのは、レインジャーと呼ばれる動物監視員だ。
視力は3.0以上。
私たちの肉眼ではおよそ探せない数キロ先の動物を見つけては、
川原や茂みへと車を走らせる。 |
レインジャー用、特設シート
サイの群れが横切ります
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生肉に群がるハイエナたち。強烈な臭いが鼻を突く。
夕陽を背に佇むライオン。タテガミが風に燃えている。
キリンも、ヒョウも、ゾウも、シマウマも。
当たり前のように、悠然とそこにいる。 |
至近距離でも微動だにせず つぶらな瞳 -
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途中、スコールが幾度となく地平を潤す。
最初は常備されたポンチョを被っていたが、途中からは身に付けるのをやめた。
何一つ、視界を阻まぬように。
雨上がりの西の空には、紫色の雲がどこまでも棚引いていた。
夕闇に溶けていくのは、色彩と彼方の遠吠え。
日本から、14,000キロ以上。
大草原の動物たちも、やっぱり背中を向けていた。
だが、彼らは背中で語る。
檻にいるのは、どっちだい。
(「日刊ゲンダイ 週末版」12月18日発刊) |