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Vol.33 「桜後記」 (2006/04/15)

桜を見に行こう。

そう思ったのは、『やじうまプラス』の放送最終日でした。
3年9ヶ月の早朝生活も、この日で終わり。
4月からは、新しい環境での仕事が始まります。

ビルの谷間、大通り沿い。

都内をバスで走っていると、改めて至る所に桜が植えられていたことに気付きます。東京駅に向かうまで、ピンクのレースが幾重にも耳の横を流れていきました。

三島駅から伊豆登山鉄道に乗り換え、伊豆長岡駅で降ります。
川原の土手で行われていたのは、桜祭りでした。
川辺に建てられた舞台上で、おもむろに町会の和太鼓演奏が始まります。
地元の同好会の長唄に、辺りからはぱらぱらと手拍子。
辺りにはいくつもの屋台が軒を連ね、焼きそばやとうもろこしの匂いが立ち込めます。

目の前で敷物を広げたのは、親子連れの家族でした。
お父さんが慣れた手つきで替えのおむつをリュックから出して、お母さんは手早くおむつを代える。
おばあちゃんは次から次へと焼き鳥、綿あめ、じゃがバターなどを孫のために買ってくるのですが、「もう、食べられないわよ」といったお母さんの一声で、それらは全てお父さんの元へと運ばれていきました。
おじいちゃんは、散らばった空き缶の中でいびきをかいて眠っています。

桜が、皆を見守っていました。皆が、桜に包まれていました。
並木道に沿って、色とりどりの敷物が広がっています。
舞台では相変わらずゆるやかにイベントが進行し、ビールを飲みながらとうもろこしを焼いているお姉さんも、心なしか眠そうです。

日が翳ってきました。
子どもが羽織ったパーカのフードに、花びらがはらはらと落ちていきます。
お母さんは、洗濯をする時に気付くのでしょうか。
子どもは、今日のことをいつまで覚えているのでしょうか。

立ち上がって、沿道を歩きました。この桜も、おそらく来週には散ってしまいます。
環境が変わり、年齢を重ね、誰かと別れて、誰かに出会う。

ふと見上げたら、桜は変わらぬ色彩できちんと咲いていました。


(「日刊ゲンダイ」4月15日発刊)
   
 
 
    
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