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 「どじょうのごろう」  (2011/12/03)



名前は、ごろう。
小学生の頃に飼っていた、どじょうのことだ。

スーパーの鮮魚売場で、生きたままパックされた食用のどじょうを見つけたのは妹だった。
明太子やイクラの隣で、なんとも窮屈そうに泳いでいる。
当時は、福岡から東京に引っ越してきたばかり。
どじょうを食する江戸の文化を、家族の誰もが知る由もなかった。

「かっていい?」

「買う」ではなく「飼う」という姉妹の意図に母が気付いたのは、帰宅後のこと。
どじょう鍋にするというお隣にお裾分けをし、1匹だけ我が家に残ったのが、ごろうだった。

体長は約7〜8センチ。
よく見ると、短いヒゲがくりんとカールしている。
ちょっとずるがしこそうで、でもどこか愛嬌があって、遠い国の伯爵のようにも見えた。

ごろうの城は、砂の敷かれた洗面器。
ごろうの食事は、ちりめんじゃことかつおぶし。

日中は決まって寝ていて、話しかけても知らんふり。
そのくせ、夜になるとすいすい泳ぐ。あまのじゃくなところも、やっぱり伯爵だ。
ごろうが気になって、会いたくて、妹も私も、夜中に手洗いに行く回数が増えた。

1週間ほど経って、ごろうは夜になっても目を覚まさなくなった。
ごろうのおはか。
油性マーカーで記したアイスの棒を地面に立て、オシロイバナを手向ける。
柳ではなく、庭に生えていた枇杷の木の下に埋めた。


日々は過ぎて。


「どじょうは、金魚にはなれない」と、総理大臣は言った。
地味でも、泥臭く。
地道に、こつこつと。

ごろうは、なんて言うだろう。
金魚になりたい?
むしろ、金魚になんてなりたくない?

枇杷の木の下で。
今の世の中を、なんて言うだろう。




(12月3日配信)   

   
 
 
    
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