追われた祖母は、バスに駆け込んだ。
運転手は、記者たちをふるい落とすように出発する。
彼女の降り際に、前を向いたまま言った。
「ばあちゃんは悪くないけん。しっかりせんね」
ばあちゃんは悪くない。
悪いのは…。
「判決が出るまでは、罪の有無など分からない」
かつて、そう言われたことがある。
「もっと言うと、刑が確定しない段階で報じるのは、真実ではない」
「そしたら、ニュースの意味は何?」
反論すると、
「他人の人生に踏み込んでいることだけは、自覚すべきだ」
自首しようとする祐一を引きとめたのは、光代だった。
二人は、逃避行へと舵を切る。
「海があると、それ以上どこにも行けんような気持ちになるよ」
強風に膨らんだ袋小路。辿り着いたのは、海を見下ろす灯台だった。
祐一が逮捕された後。
光代は、事件現場の峠へ向かう。
花を手向ける佳乃の父親を、少し離れたタクシーの中から見ている。
「世間で…」
膝の上には、花束が置かれたまま。
「言われとる通りなんですよね?
あの人は悪人やったんですよね?
その悪人を、私が、勝手に好きになってしもうただけなんです」
誰に問いかけるでもない。
奪われた命は、もう戻らない。
祐一を、光代は愛した。
孫を、祖母は育てた。
殺人犯を、マスコミは報じた。
事象と感情を、振りかざし、垂れ流し、黙殺し、
作為と不作為にまみれ、自分と他人の間で都合良く忘れ、急に思い出す。
歩み寄ったり、包み込んだり。踏み込んだり、踏みにじったり。
人と人とが向き合って生じる摩擦熱。
棘の痛みに悪が散り、時には刃となって、突き刺さる。
「…ねぇ? そうなんですよね?」
殺人を犯した祐一。
現状を破壊したくて、祐一と逃げた光代。
人殺しを育てたと、糾弾された祖母。
利己心を引き金に殺された佳乃。
誰が、悪人か。
何が、悪か。
大切にするのは、何か。 |