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12月1日 闘わなくなった闘牛

9月9日、旧山古志村に行ってきました。
わずか8時間の滞在なのに、感情のフレ幅が大きすぎて、
その日は眠れませんでした。
そこで見た光景と、ひたむきな人たちの温もりと・・・
気持ちの整理をつけようと、
夜、布団から起き上がって日記を書きました。
*****

案内していただいたのは、
2年経った今も泥水に沈んだままの家と、
その集落の引越し先に決まった、まっさらな土地。
まだ何もない土地に一緒に杭を打ちながら、
牛飼いの松井さんはこう話してくれた。
「みんなが来たいと思える場所にしたいんです。
私たちが今、満足するものじゃなくて、
100年経ってもみんなが住みたいと思える土地に。」

眼下に広がっているのは、茶色く濁った泥水。
でも100年後の美しい町の姿が、彼には見えていた。
「あなたもね、この先、苦労することもあると思う。
その時にはここに来てごらん。
きっと力になれる何かを、ここに遺しておくから。」

山古志が泥に沈むとき、
集落の人たちは様々な物をそこに置いてきた。
長年住み続けてきた家、ご先祖様の仏壇、
手塩にかけて育ててきた鯉、闘牛用の牛・・・



今でも、ダムに向かって手を叩くと、飼っていた鯉が集まってくるそうだ。
逃げて、泥水の中でまだ生きているのだ。
「迎えに行ったつもりが、迎えられたように感じたねぇ。」
一時帰宅のわずかな時間で、
1トンもある巨大な闘牛を助け出し、連れ帰った。
谷底から、山を這い登って、3日間かけて。
「今、動かなきゃ100年後はない。一日が一年にも感じた。無我夢中だった。」

「寄りたいところがある」と、
牛飼いの松井さんが突然車を止めた場所があった。
野原だと思った。
でもよく見ると、雑草の下に瓦礫が積もっていた。
2年前、ここで牛舎が崩れ落ち、9頭のうち8頭の闘牛が死んだそうだ。
横には木の板が立てかけてあって、丁寧な字で、こう書かれていた。



『おじ おじ(弟の意味)
 みんないい牛だった
 生まれ変わって、今一度、山古志に元気をください
 ご冥福をお祈りします』

伝統行事『牛の角突き』が、9月17日、山古志で開催される。
震災直後は、怯えて、闘争心を失っていた闘牛。
それを乗り越えてどこまで闘えるのか。
2年の時を経て、復興のシンボルとして、
生まれ変わった牛たちが、山古志に帰ってくる。


9月17日(日)朝 −再び山古志へ−

その日、山古志に闘牛が復活した。

仮設住宅から車で1時間のところにある牛舎。



そこからさらにトラックで移動する。
山の斜面が、所々、崩れ落ちたまま、むき出しになっている。
先週来た時には土埃がたっていた闘牛場までの道が、
アスファルトで綺麗に舗装されていた。
響く、闘牛のうなり声。
鳴くと言うより吠えるという表現の方が近い。



どうやら人の気持ちが、牛には伝わるようで、
怖々近づけば、馬鹿にしたように角で払われ、
愛情たっぷり堂々と近づけば、
自分から「なでて」と言わんばかりに首を差し出してくる。
そして今日、
闘牛場に入って土の匂いを嗅ぐや、闘牛たちは、スキップした!
巨体を震わせて、嬉しそうに。


 


2年前のあの日、闘牛の繁蔵(しげぞう)は、牛舎ごと谷底に落ちた。
1ヶ月後に救出されたものの、げっそりと痩せて、闘争心を失っていた。
いくらはやしたてても角さえ合わせず、お尻を向けて逃げ出したこともあった。
そんな牛を、牛飼いの人たちは、根気強く世話した。
「負けてもいい。とにかく、闘志を見せて闘って欲しい。



相手は300kgも大きい格上の牛。
さぁ、闘ってくれるのか。
『ガツーン』と角をぶつけ合う音が響いた。



繁蔵が少し後ずさり。
闘ってくれないのか・・・と思ったその時、繁蔵が反撃!
前足を踏ん張り、
猛烈な勢いで相手を土俵際にぐいぐいと押しやった。



相手の巨体がズズズっと為されるがままに後ろに下がっていく様は、圧巻だった。

牛飼いの松井さんの表情は、誇らしく、力強かった。
「牛は精一杯、あるだけの力を闘牛場で出しましたから。
 我々も、それに負けない、牛より強い自分でなくてはいけない。
 復興までは色々な問題はあるけれど、
 またこれから前に、どんどん進んでいきます。」

*****
2004年10月に起きた、最大震度7の地震。
それから2年経った今も、
牛飼いの方たちのほとんどは仮設住宅で暮らしています。
山古志だけでも470世帯、
新潟県内では、およそ1800世帯いるということです。
山古志村は、市町村合併で長岡市になったけれど、
今でも山古志の人たちとともに間違いなくそこにあって、
ゆっくりと、着実に、復興へと向かっています。


   
 
    
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