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 5月21日 日立バレー部解散を前に
 

  A letter from 田原浩史  

  日立バレー部解散を前に   

 
日本のバレーボールの栄光の歴史・名門日立バレー部が解散することになった。そして、そのタイムリミットが近づいている。
かつて日本最強を誇り、全日本代表をほぼ単独チームで固め、金メダルを獲得した名門チームが、5月一杯でその姿を消すことになる。
いま、その「日立ベルフィーユ」はどうなっているのか、体育館を訪ねた。

体育館に入って驚いた。小中学生であふれている。もう、日立は練習もしていないのか、体育館を公開しているのか、と不安になったが、そうではなかった。

チームが地元の人たちに支えてもらった恩返しに、今月から週末にバレー教室を開催しているのだ。200人を越す地元、小平市の小中学生、ママさんバレーチームの選手が体育館にあふれていた。

米田監督も実演!
 

選手・監督・コーチ全員総出で、コーチする。
体格のいい男子中学生もいれば、まだ始めて5日目で身長も150センチに満たない可愛らしい女の子達もいる。みんな、本当に嬉しそうに、キラキラした笑顔でボールを追いかけている。

元全日本の監督が、エースが、テレビで見て憧れた選手が目の前にいる。そして自分にボールをトスしてくれる。自分の相手になってくれる。バレーボールをしている人達にとってこんなに嬉しいことはないはずだ。

日立というチームは無くなってしまう。しかし、その選手や監督に教えてもらったことは、彼らの一生の思い出になるに違いない。これがきっかけで全日本代表になるような選手が育ってほしい。心からそう願う。そして、日本がまた金メダルを獲るようになって欲しい。名門チームが解散するなどということはあって欲しくない。

地元の中学生達
 

約1時間30分のバレー教室はあっという間に終わってしまった。練習が終わると、記念写真。そして大サイン大会だ。選手に話なんて聞いているスキを与えてはくれない。

生徒手帳を差し出す子、ジャージや体操着にサインをねだる子、バレーボールシューズをサインだらけにしている子など、様々だ。

今年入部した新人選手も、もみくちゃにされている。「私のサインなんかで、いいんですかね?」と照れくさそうだったが、子供達には何よりも大事な宝物になるはずだ。そして、それは、あなたにとっても貴重なサインになるはずだ。「日立バレー部、中村多絵子」というサインはもう、二度と書くことは無いのだから。
今年、日立ベルフィーユには4人の新人が入部した。解散を承知の上だ。
「今だから、笑って言えますけど、ほんと、どうしてくれるのよ!って感じですよね」と笑顔で話す。話したくないことを聞く身には、その明るさに少しだけ救われた気がした。

体育館では、その後、「日立バレー部に感謝する会」が行われ、地元の小平市長はじめ関係者が訪れ、花束の贈呈が行われた。
解散を残念に思う挨拶と、かつての栄光に話が及んだ時、体育館を揺さぶる雷鳴と共に、激しい雨がしぶきを上げて降り始めた。「このチームを本当に解散させるのか」という天の怒りだったのか。偶然にしても、出来過ぎた演出だ。

米田監督は「今月中に何とか、チーム全体での移籍が出来るように、企業にお願いに走り回ります」という。今は選手のために全力を尽くすと、口元を引き締めていた。

監督との話中にファンからの署名が届いた。437人分の署名を持って、わざわざ大阪からやって来たのだ。時間は夜6時半を回っていた。彼らは監督を待っていた。署名を渡し、監督に励ましの言葉を伝えるために、じっと待っていた。ファンの純粋な情熱は、決して見返りを要求しない。だから、監督が自由になるまで、じっと待っていた。しかし、このようなファンの情熱も大企業の論理の前には何も成す術は無い。

日立ベルフィーユの選手達
 

日立バレー部には全国に何万人というファンがいる。その中には創設期の「日立武蔵」の頃からのファンもいる。日立のオレンジのユニフォームに憧れてバレーボールを始めた人もいたはずだ。全日本で活躍する日立の選手を見て目標にした人もいただろう。そんなファンや学生の夢があと半月足らずで消されてしまうのである。

署名の表紙に「ファンとして解散という日立のピンチに、ただ黙って見ているだけでなく、何か出来ることは無いかと思い、署名を・・・」(一部抜粋)と書かれていた。

これほど、ファンに愛され、日本のバレーボールの歴史を築いたチームが、解散する。
今、日立ベルフィーユは、最後の勤めの、ご恩返しのバレー教室を開催している。
チームで一番キャリアの長い福田記代子選手は、「日立という形ではないかも知れないけど、今後も、バレーボールを続けて行きたいので、これからも、応援してください」と話す。

この言葉を聞いて、チーム存続を改めて願わずにはいられなかった。

かつて、この体育館を取材に訪れた時、迫力のある筆致の「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」という横断幕が掲げられていた。日本リーグのタイトルを奪われ、山田重雄総監督のもと王座奪回に向け、血のにじむような練習が行われていた頃だ。

今は「夢と感動をありがとう」という地元の人たちからの言葉が飾られている。

 
今、こんなことをしています。
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