
宮嶋泰子
スポーツの取材を始めてから、常々気になっていたことがあります。
青春をスポーツに捧げた選手たちは、現役を引退した後、どう生きていくのかということです。
オリンピックのような4年に一度のチャンスに全てを賭けた選手たちは、自分たちの持てる時間と能力全てをスポーツに捧げて、夏の夜に咲く花火のように一瞬に見事な輝きを見せてくれます。それは見るものにとっても、一生心に残るような強烈なインパクトと華やかさを持って迫ってくるものです。
しかし、打ち上げられた花火の最後の光が漆黒の闇の世界に溶けたとき、選手たちはどうするのでしょうか。
現代社会の中でその多くの選手たちは、知らず知らずのうちにマスコミというメディアの波にのまれ、「タレント」という名のもう一つの人格となり、選手の時に培った名声を自ら食いながら生きる商品となっていくのです。
本人も気付かなかった天性の素質で「タレント」として、選手の時以上の輝きを見せてくれる人もいますが、それはまれなことです。そのほとんどが、数年で忘れ去られる存在となっていくのが現実です。
この現実をクールに眺め、自分は何をしたかったのかと自問をしながらタレント活動をしてきた選手に奥野史子さんがいます。
奥野さんはシンクロナイズドスイミングの選手として、92年のバルセロナ五輪のソロで銅メダルを獲得。その後94年の世界選手権では、審判全員が芸術点に10点満点を出すという日本の選手として初めての快挙を成し遂げ、銀メダルを獲得した選手です。
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奥野さんのデビューを我々のカメラは追った!
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彼女もまた、22歳で現役を引退した後、誘われるままにテレビの世界に入り、スポーツコメンテーターとして活躍します。しかし、しばらく仕事をするうちに、自分がしたかったことは果たして今の仕事なのかと疑問を持つようになったのです。
自分がやりたかったことを求め、3年前に大学院に進学。さらには、そのためのトレーニングを受けるべく昨年夏に、モントリオールで4ヶ月の合宿生活を送り、夢の実現のために一歩一歩歩き続けたのです。
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