世界の車窓から

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モンゴル編 撮影日記

夕暮れを走る列車
夜行列車とある老人
旅の半ば、中国国境にあるザミーンウードから、ウランバートル行きの列車に乗車した。この列車は、700キロの距離を15時間かけて夜通し走る夜行列車だ。個人的な話で恐縮だが、僕は昔から夜行列車が大好きだった。「ガタンゴトン」という規則的な音の中で眠りにつき、夜中に目を覚ましても、列車はまだどこか知らない場所を走っている。車窓に見える家の灯りは落ち、そこで沢山の知らない誰かが眠りについていて、なぜか少し寂しい心持になる。夜を走る列車には、遠い異国を旅しているんだなぁという実感が強く伴い、昔からとても好きだった。
眠りにつくまでの人々の過ごし方は様々だ。ゴビ砂漠に沈む夕暮れをじっと見つめていたイスラエルの女性。彼女は半年以上も旅を続けており、モンゴルを抜けた後もトルコ、ネパール、インドと旅は続くのだそうだ。その横顔は旅人固有の活力に満ち、とても美しかった。 あるモンゴルの老人は、日が暮れた後も飽きもせずただ車窓を眺めていた。「風景を見ていると我が家からだんだん遠のいていくのが分かる。それはとても寂しい。でもそれがよくてこの列車に乗っているんだ。」と。夜中の2時。スタッフも寝静まった後、寝付けなくて何となく個室を出て老人のいる車両に出かけた。老人は同じ場所でまだ車窓を眺めていた。その横顔から伺える穏やかで内省的な時間を邪魔してはいけない気がして、僕は声をかけることが出来なかった。やがて夜が明け、もう一度老人の車両を訪ねたが、彼はもうどこにもいなかった。
老人はあの夜、車窓を見つめながら、あえて遠くへと離れていく寂しさを味わっていたように思う。友人や恋人と観光地を訪ねたり、美味しいものを食べ歩く旅ももちろん素敵だが、列車の音だけが響く夜行列車の車内には、とても親密な、不思議な時間が流れている。その時間こそ旅の醍醐味な気がするし、きっと旅は、少し寂しいくらいがちょうど良いのだ。
ディレクター 萩原 翔
夜の車内
27両の夜行列車には食堂車も