ディレクターズアイ 

 プロデューサー/原 一郎
【取材現場から〜疑惑の乳ガン名医を追って ※後半に「リピーター医師を取材して」(ディレクター 田中伸夫)があります】

清水に乳ガンの名医あり。しかし、その実態は・・・

かつて、清水港の名物は清水次郎長と茶の香りでしたが、今はエスパルスと乳ガンだそうです。元患者さんの案内で、日本平の麓の道を走ると「あそこも乳ガン、こっちも乳ガン・・・」、なんと「乳ガンは清水の風土病」と言われるほど集中発生していました。その別名「乳ガン通り」の中心には、ある壮麗な公立病院の存在があります。
1989年に駿河湾を一望するこの地に新築移転した静岡市立清水病院。専門病院のガイドブックやランキング本にも登場する名医が率いる外科病棟のベッド稼働率は、最盛期102%に達し、乳腺外来はその評判を聞いた患者達であふれていたといいます。しかし、その待合室には不思議な張り紙が・・・

「診療時は上半身を脱いでベッドに横になって下さい」

通常、乳腺外来を訪れると、最初に服を着たまま問診、ついで服を脱いで視診、触診と進んでいきます。しかし、患者達は「問診は一切なく、魔法の手で2〜3秒胸をひと撫で」されて<ガンの疑いがある>と診断されたと口を揃えます。そして、ほぼ全員が正式な病理検査の結果が出る前に入院し、初診から2週間以内に乳房の摘出手術を受けていました。
一般的に進行が遅いといわれる乳ガンで、これほどまで急ぐ必要があったのでしょうか?この超スピードぶりを、患者が動転している間にレールに乗せてしまう「ベルトコンベア方式」、「まるで催眠商法」と批判する医療関係者もいます。

患者のひとりが名医を訴えたのは96年のことでした。最初は「手術が下手なために後遺症で苦しんでいる」という医療過誤訴訟でしたが、裁判のためにカルテ類を証拠保全したところ、ガン判定をめぐって様々な疑問が浮上。その後、「乳ガンでもないのに乳房を摘出された」という故意の傷害事件として訴え直しています。
この裁判は現在も係争中ですが、一時期、非常勤医として乳ガン患者の放射線治療を行っていた医師は、こんな信じられない体験をしています。ある患者の病理診断結果を外科に問い合わせたところ、なんと「良性腫瘍だった」というのです。

つまり、この患者は乳ガンではなかったということです。
にもかかわらず、全く不必要だった乳房摘出手術は終わったあとでした・・・

裁判の中で、この医師は「外科においては、他にも多くの患者が、ガンではないのに手術を施行されていた可能性が高い」という回答書を寄せています。名医が手掛けた乳ガン手術は約1000件にものぼると言われています。乳房を切られた患者の多くが「私は本当にガンだったのかしら」という疑心暗鬼にかられていました。
やがて、名医から乳ガンと宣告されたものの、他の病院でガンではないと診断されたケースも次々と判明。99年頃から名医をめぐる疑惑は表面化、清水市議会でも取り上げられるようになっていきます。

翌年の春、名医はひっそりと清水病院を退職しますが、ピーク時には238件あった乳腺全体の手術数は、この年、わずか24件に減少していました。
ちなみに、清水を去った名医は、今でも県内の別の病院で院長を務めています・・・
 
静岡きっての乳ガンの権威に浮上した、前代未聞の犯罪的乱療疑惑。
担当は「ザ・スクープ」終了後、厚生労働省記者クラブに移り、医療問題のスペシャリストとして急成長の丸山ディレクターです。執念の長期取材にご期待下さい。


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■リピーター医師を取材して
  ディレクター/田中 伸夫

リピーター医師本人から直接話を聞くことができたのが最大の収穫でした。
取材前、話が聞けるのか不安でした。実際、接触を始めると多くは門前払いでした。脈のありそうな医師からも「結局報道は我々を叩きたいだけでしょう」と断られます。これまでのマスコミの接触の仕方が、バッシング一辺倒だったからだと感じました。

「決してそうではない。我々は本当のところが知りたい、それを伝えたい」と説得した結果、2名のリピーター医師が応じてくれたのでした。彼らの取材で分かったのは、医師側の言い分とその気持ちでした。
今度の取材を通して感じるのは、医療問題の専門家によって検証が行われ、正義が通る裁定機関が必要だということです。弁護士会は自らの手で不適格者を調査し、処分する権限をもっています。医師会は同業者の集まりで、お互いのかばいあいに終始してきた側面が強いと思います。リピーターのデータを持っているのは医師会です。データの分析・評価が必要です。その上での公開が検討されるべきだと思います。これからは是非、「患者を向いた医道」を考えて欲しいと思います。


「リピーター医師の人物像は?」

番組では時間が足りなくて、触れられませんでしたが・・・。
医療事故の紛争に25年間携わったベテラン医師によれば、

・40歳以上で、優秀な医師。
・患者の受けも比較的よく、マスコミにも出るような医師
・病院は、流行っている

これが意外にも、リピーター医師に多いパターンなのだそうです。確かに今回取材した11件のミスをした横浜の院長にも共通しています。
「優秀な医師の流行る病院がなぜ・・・?」とさらに突っ込んで聞きますと、
「過信かなー」と首をかしげながら、ベテラン医師はおっしゃっていました。
『優秀で、ベテランゆえの落とし穴』。
また、こうも言っていました。
「次から次へと患者が押し寄せると、見落としも多くなる・・・」
『ベルトコンベア−診療』が事故の温床になるというのです。「清水病院のケース」に通じるものを感じました。


「では、どんな医者を選べばいいのか?」

ベテラン医師が教えてくれたのは・・・

1)患者離れがいい医師
これは、自分の手に負えない患者や専門じゃない病気について、別の病院をすぐに紹介する医者のことだそうです。儲け主義の医者は、なかなか患者を離そうとしないそうです。そのため、医療事故にもつながっていく・・。

2)患者の体に触ってよく診てくれる医師
聴診器を当てて、トントンしてくれるお医者さん・・・そういえば、昔よくトントンやってもらいましたね。効き目があるようなないような。でも医師の素手であれをやられると、安心したのを覚えています・・・この「手当て」をしてくれる先生が最近少ない感じです。処方箋を書いてもらって終わりみたいな医師も多く、患者側もそれでいいと思っているふしがある昨今。「手当て」をする医師の心がけが何より大切なんだろうと思いました・・。

これからも、このテーマは追及していきたいと思っています。
何かご意見・情報があれば、是非お寄せください。
よろしくお願い致します。

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