6月29日放送のディレクターズアイ 

6月29日放送 ディレクター/山路徹
【桶川ストーカー殺人事件取材から〜裁判報道のむずかしさ】

番組の内容は動画配信でご覧頂くとして、ここでは今回の取材の裏話などを少々お伝えいたします。
テレビにとって、裁判報道というのは難しい面があります。理由は一つ、アメリカなどと違って、裁判が行われている最中の法廷が撮影できないからです。もし撮影が可能で、裁判の様子を完全に伝えることが出来れば、裁判報道も大変興味深くなると思います。

例えば証言者が「どのような表情で証言台に立っているか?」や、証言者の「言葉に説得力があるか?嘘はないか?」など、テレビの特性を生かして伝えられることが山ほどあるからです。日本ではご存知のように撮影、録音とも認められていないので、私たちが裁判の様子を伝えようとした場合、まず傍聴席に座り、目を皿のようにして裁判を観察するわけです。そして、証言者の表情や発言、挙動、その時々の法廷内の空気感など、一部始終をメモに執り記録するわけです。新聞なら、このメモを記事に起こせばいいのですが、テレビはそうはいきません。そこで、再現映像などを作るのです。証言者の風貌や体格、着ていた洋服の種類や色なども可能な限り忠実に再現してゆきます。

今回の裁判では、猪野詩織さんの訴えを黙殺した張本人である、元上尾署、K捜査第二課長と調書を改ざんしたH元巡査長が被告埼玉県側の証人として出廷しました。証言の重要なポイントは、詩織さんが殺害される以前に、身の危険を予見できたか否か。K課長の証言は『詩織さんの身に危険が及ぶことを予見することは不可能だった』という埼玉県側の主張を、そのまま絵に書いたようなものでした。発言も棒読みで、何回も練習した様子が伺われましたが、正直、証言に説得力は感じられませんでした。

一方、H巡査長は、終始身を硬くし、膝の上で拳を握り締めていました。そして、埼玉県側の証人にも関わらず、きっぱりと言い切ったのです。『詩織さんの身に危険が及ぶことは頭の中に入れていました』と。傍聴席でその様子を観察していた私は、その言葉に強い説得力感じました。その後、関係者の証言や入手した刑事事件の検察調書などを総合的に判断した結果、このH巡査長の証言は「事実である」と確信したのです。

今回の取材で一番感じたことは、裁判は公のものですが、世間に広く報道されなければ、結局、法廷という『密室』で起きていることに過ぎないということです。番組でもお伝えしたように、埼玉県は裁判の中で、埼玉県警が2年前に調査報告書まで作成し、全面謝罪したことなどおかまいなしで、とんでもない主張を展開しています。これも法廷という密室の中だからこそ、為せるわざなのでしょうね。もし、公判の様子が実写によって、放送されれば、証言者の偽証にもプレッシャーがかけられますし、世間にももっと関心を持ってもらえると思うのです。アメリカのように「裁判中継」などとは言いませんが、せめて国が被告になっている国家賠償訴訟においては国民の知る権利をもう少し考えて欲しい、と、私は思います。皆さんはいかがですか?

猪野さんの国家賠償訴訟は今秋にも判決を迎える予定ですが、法廷を密室にしないためにも、頑張って取材を続けたいと思います。次回の放送をお楽しみに。

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