10月20日放送のディレクターズアイ 

10月20日放送 チーフディレクター/田畑 正
【「テロ対応策を作った5人」を取材して】

今週、テロ対策特別法案が成立する見通しだ。成立すれば、「戦時に」自衛隊が「外国領土」に出るという意味で画期的な法案である。法案自体に国会承認の問題などいくつかの論点があることは承知しているが、我々は今回その元になったテロ対応7項目に着目した。何故ならこの7項目が、日本が9月11日のテロ事件以降、国として「これをやる」と表明した最初の意思表示だったからだ。テロ対策特別法の立法や自衛隊法の改正は、7項目を実施に移すにあたって法的裏付けのないものに手当てを施したに過ぎない。であれば、一体誰が、何を考えてこの7項目を立案したのか、そこには隠された狙いはなかったのか、そして「ショーザフラッグ」騒動はそれに関わったのか否か…などマスメディアとしてきちんと検証しておく使命がある、と判断した。

7項目があのような短期間に出来あがったのは、もちろん10年前の湾岸戦争時の議論の蓄積があってのことだろうが、放送でも触れたように5人を中心とした関係者達に共通する湾岸シンドロームのゆえでもあった。いみじくもトラウマというように「日本の顔が見えない」という批判は、彼ら官僚にとっては二度と繰り返してはならないことだった。「湾岸がファーストテストなら今回はファイナルテスト」。5人のうちの一人が私たちに語ってくれた言葉だが、彼らの思いを見事に表現している。 実は、今回の取材でもう1歩迫りきることが出来なかったのが、「ショーザフラッグの謎」だった。今回の法案作りにおいて、それを督促するのに非常に効果のあった言葉だが、一体出所がどこかハッキリしないのである。当然出所は、9月15日の柳井駐米大使とアーミテージ米国務副長官の会談だろうと思って取材してみると、そうではない、ということが分かった。

当初、発言自体は当然あったものとして、「本来『旗幟を鮮明にしろ』という意味の言葉を『旗を見せろ』という風に故意に誤訳したのは何か意図がある」という風な疑惑が野党を中心に持ちあがっていた。当事者は二人しかいない会談なので、当事者がうそをついていれば真相は藪の中なのだが、今回の私たちの取材に対して柳井大使は「そのような言葉はなかった」と否定した。では真相はどうなのか。

分かった範囲で事実を書こう。9月15日(土)に行われた会談を最初に報じたのは9月18日(火)付け日本経済新聞朝刊。しかも記事は東京発である。各社がそれを見て追いかけ、夕刊で朝日、毎日、読売、東京(記事は共同通信)がフォローしている。ところが、この時点で「ショーザフラッグ」という表現を使っているのが毎日新聞だけなのだ。少しタネを明かせば、柳井駐米大使の定例記者会見があるのは現地時間の火曜日。つまりはこの週は18日にあったということだ。ということは18日夕刊までの記事は柳井大使に直接取材してかかれたものではないということになる。

事実、ワシントンの日本大使館の報道担当参事官は、「本来表沙汰にしていなかった会談が日経新聞のウェブニュースに出ているのを見て驚いた。
その後各社から確認の電話があったが、全部ノーコメントを通した」と語ってくれた。そして柳井氏自身は18日の会見以来、「ショーザフラッグという言葉そのものはなかった」と一貫して否定している。

つまり18日夕刊までに書かれた記事は少なからず日本での取材に基づいて書かれたと見る方が正しいだろう。私たちが確認したところでは、毎日の18日夕刊の記事も記事こそワシントン発になっているが、「ショーザフラッグ」の言葉自体は、総理官邸の政治家から裏どりしたという。

私たちの掴んでいるところでは、日本で最も早く「ショーザフラッグ」という言葉を口にしたのは安倍晋三副長官である。少なくとも18日朝にそれを聞いている記者がいる。

おそらく毎日の記事になったのも安倍副長官の発言と見られるが、真相は不明だ。

では、安倍副長官が一体誰から「ショーザフラッグ」という言葉を聞いたのか。私たちのインタビューに対して安部氏は「柳井氏の公電を読んだのはだいぶ後になってからだ」と答えた。因みに柳井氏からの公電には、アーミテージ氏の言葉として「日の丸と日本人の顔を見せて欲しい」と書かれていたことは私たちも取材で掴んでいる。つまり言葉としての「ショーザフラッグ」はそこには出ていない、ということだ。18日朝の時点では公電を読んでいないとすると、誰かが安倍副長官に意訳して伝えたことになる。

と、ここまで調べて急に空しくなった。ショーザフラッグという言葉があろうがなかろうが、「旗(日の丸)を見せて欲しい」という意味の言葉があったことは事実なのだ。むしろこういう言葉を呼びこんだのが、官僚の頭の中にあった湾岸シンドロームなのだろう。 そういえば今回の取材で初めて「テレポリティックス」という言葉を聞いた。テレビと政策の融合といった意味だろう。その言葉を使った官僚は、「今回は日の丸と星条旗が並んでCNNに移ることが国益上大事だと思った」という意味で言ったのだが、彼らがそう考えるのは自由だとして、私たちが気づかない内に特定の政策にメディアが利用されているとしたら由々しきことだ。折しも「戦争とメディアのあり方」が話題になり始めている。何物にも利用されないためには、どんな場合にも真実に迫る努力だけは怠ってはいけないということか。

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