2002年9月28日の放送をもって、「ザ・スクープ」のレギュラー放送は終了となります。 これまでテレビ、ウェブサイトで番組をご覧いただいてきた皆様、本当にありがとうございました。 今回、サイトでは最終回スペシャル企画としてみなさんへの「ラストメッセージ」をお届けします。 第1弾は出演陣からのメッセージです。 |
![]() ![]() そうですねえ、何を言ったらいいんだろう? 13年続いた報道検証番組が終わるわけで、どうしても私の中には「テレビ局はこれでいいの???」という、説得されざるものが残ってしまうんですね。 これは13年必死に走り続けてきた者にしか分からない気持ちなんでしょう。 だから、今回番組終了に主導権を発揮したテレビ局の中堅・若手の連中には今更何を言っても仕方ないという諦めに似た気持ちしかありません。 テレビと言うものへの価値観の違いでしょうから。 私はテレビを愛しています。 好きなんです。 見るのも、自分が制作に参加するのも。 今後もそうした気持ちにかわりはないと思います。 私は所詮 「ニュースの職人」 なんですね。 だから他に生きる道はありません。 60歳の坂を越え、年々肉体的には故障や衰えは私の体を侵食していきます。 これは人間の宿命ですからどうしようもないでしょうね 。だけど、この道を行くしかないのも事実です。だからどこかでやり続けます。 他の人とは違う私なりのニュースの職人としての情報発信を!! これまで『ザ・スクープ』を視聴することで私たち番組関係者を支え続けてこられた皆様方には心からの感謝です!!!! そして、番組を成立させるためにブラウン管の裏側で様々な職種の人たちが自分の仕事をまさに職人的な技を発揮しながら続けてくれました。 こういう多くの人々の献身がなければ番組がこれだけ続くことはなかったでしょう。 13年間、ともに戦ったプロデューサー、ディレクター、アシスタント・ディレクター、リサーチャー、ナレーター、編集マンたち、 事務を取り仕切ったデスクの女性陣、社外の多くのディレクター・・・・・・ そして、13年間で一緒に仕事した 畑 恵 田丸 美寿々 三崎 由紀 佐藤 紀子 麻木 久仁子 長野 智子 以上6人のパートナーの方々。 最初はスタジオでキョトキョトして、さながらチンパンジーのようだった私をなんとかなるようにしていだいたのはこの心優しき女性たちでした そのご苦労と心配りに感謝です!! 何事にも終わりがあるのは、これは人間の世界の常ですから、終わることは仕方がありません。 2002年9月25日 |
![]() ![]() 2000年2月某日。当時マンハッタンに住んでいた私のもとに、日本の所属事務所の人間から電話が入った。 「長野さん、テレビ朝日のザ・スクープという番組が、女性キャスターを探しています。ついては、長野さんがこの春、ニューヨークから帰国する意思があるのか打診があったのですが。」 夢のような話だった。キャスター自身が現場に足を運び、取材報告する形式の「ザ・スクープ」は私の憧れの番組だったからである。報道を希望しながら、バラエテイ・アナウンサー路線をばく進してしまった私は、最後のチャンスに賭けてアメリカで勉強をしていた。5年の歳月が経って、数ある報道番組の中でも一番好きだった「ザ・スクープ」からお声がかかったのである。「帰ります!」と私は即決した。 バタバタと帰国準備に追われる私のもとに、ある日、日本から郵便物が届いた。筆ペンでしたためられた手紙にはこう書かれていた。 「織田裕二じゃないけどさ」と、言い訳しながら鳥越さんがよく口にする言葉がある。「事件は会議室で起こるんじゃない。現場で起こるんだよ。」 これを書いているのは、最終回の一週間前なのだけど、「さみしい」とか「悲しい」といった番組の終る実感が湧かない。今も最終回に関する現場取材や会議におおわらわだからだと思う。全ての放送が終った瞬間に、まったくこれまで意識したこともなかったような気持ちに支配されるのだろうな、とぼんやり思っている。 「ザ・スクープ」が終ってしまうことは正直、無念である。報道というものに、これほど誠実で、勤勉で、不器用な番組はあまりないと思うから。今でも私は「ザ・スクープ」の大ファンなのである。 |
![]() ![]() アナウンサーになってから17年と6ヶ月。これまでに様々な現場取材を重ねてきたが この番組ほど徹底した検証をさせてもらえた番組はなかった。というか、この2年間は疑問の余地があるような取材のレベルは許されなかったのだ。 「狙いをはっきりさせて、確実に捕らえていく」 そのためには、自分たちにぬかりがあってはならない。 別に何か秘密の組織のメンバーになったわけではないが、鳥越さんはいつも でも、この番組ほど、裏番組がこう攻めてくるからこうかわしていこうという、よくあるテレビ番組の視聴率対策があまりほどこされていなかった番組もなかった。(もちろんスタッフみんなそれなりに考えていたけれど…) そして、そこにはムダも多い。あらゆる可能性を考えて取材に手を尽くす。そうでなければ、なかなかスクープはつかめない。限られた予算・時間の中で、人をフル稼働させるが、そうしても結果として真相に迫れなく消えていった企画もあるのだ。今だから言えるが、去年の今頃、私はある疑惑を追って、アジアの某国に1ヶ月近くも滞在したが、結局この取材は日の目を見なかった。そんなこともあるのだ。ムダといっても、別に湯水のごとく時間と金を使ったわけではない。何日もENGカメラを発注すると金がかかるので、ディレクターと二人でデジカムかついで三脚肩に掛け、電車とバス乗り継いで、汗水流して取材に走り回った日々も多かった。 今回の【ザ・スクープ】終了は、番組の内容というよりこの効率の悪さが今の時代に耐えられないという判断があったのだろう。テレビ局の社員なので言いにくいことであるが、あえて言うと、この効率の悪い「報道検証番組」こそ今の時代貴重であり、希少であり、守っていかなければならないものではないかと思う。 おしゃれだったり、テンポがよかったり、楽しかったり、心地よかったり、エキサイトしたり、それもいいよ、でもそういう番組だけでは何か空虚だと皆さんは思いませんか? 幸いにもかろうじて【ザ・スクープ スペシャル】として、3ヶ月に1回、番組が継続することになった。まるで線香花火の火がほそぼそとついている感じだが、これがやがて導火線に移り、再び【ザ・スクープ】の大きな花火が空に大きく開く瞬間を楽しみにしている。他人事みたいに述べたが、もちろんその時は私も参画して鳥越・長野両キャスターとともにマイク片手に飛び回るはずである。 |
![]() ![]() その当時、東欧では社会主義体制が連鎖的に倒壊し、ルーマニアでは大統領が処刑されるというショッキングな出来事があり、鉄壁と思われた共産党、KGB支配下のソビエト連邦が、ゴルバチョフの登場により崩壊へ向かっていた。ソビエト連邦が民主化をもとめて、東ヨーロッパの国が同じように民主化を求めて時代の波が大きくうねった時、私は学生だった。土曜日の午後6時、「ザ・スクープ」をいつも見ていた。当時の司会は鳥越俊太郎さんと田丸美寿々さんだった。おおきく歴史が変わろうとするその"熱"のようなものをいつもテレビで見ていた。通常のニュース番組では見られない、じっくりと一つの事象を掘り下げて徹底的に見せてくれる「ザ・スクープ」という番組が好きだった。 アナウンサーを目指したのも、この頃の田丸さんに影響された部分が実は非常に大きかった。入社試験でも「やってみたい番組は?」と聞かれた時、「ザ・スクープ」と答えたことは今でも覚えている。 そんな私が「ザ・スクープ」にリポーターとして携われることになったのは入社6年目の秋だった。いまや入社11年目を迎えてしまったが、やはりじっくりと時間をかけて向き合い、取材するという番組のスタンスが私は大好きだった。入社してからこのかた、印象に残る仕事は全てこのときにやっている。取材する難しさ、その上で、取材したものが一つの特集になる喜びを教えてもらった。編集室で、それまで断片的であったものが、一つのこれから放送されるVTRに完成した瞬間の高揚感とうようなものも初めて味わった。 「ザ・スクープ」での一番最初のリポートは、なんと「性ビジネスで働く女性たち」。性産業で働く女性の心の内側を探るといったものだろうか。取材対象者の女の子のもとへ何度も足を運び、世間話をしたり、食事したり、心を開いてもらってからようやくインタビューへとつながった。貯金通帳に3000万も預金があっても不安でたまらない女の子、 「戦艦大和プロジェクト」これは、別のプロジェクトだったけれど、「ザ・スクープ」の中でも放送しているので私にとっては一緒かな?水深360メートルの世界へ、探査艇を使って入っていく。歴史の重さもその背景の重さも感じながら、本当に貴重な経験をさせてもらった。 「高級ブランド再編」。フランスの会社がM&Aで次々と高級ブランドを買収していくのに絡んで、ブランド王のインタビュー、工場、自宅、本来代々家族経営だったブランドを手放さなければならなくなった人々へのインタビューと、日本人が大好きな高級ブランド、その裏側を取材した。 書き始めると、限りなく増えていってしまうので・・・。 いま、北朝鮮と国交正常化に向けて動きはじめているが、北朝鮮の問題をよく取り上げて放送していたのも「サ・スクープ」という番組だった。まだまだ不透明な拉致問題。きっとこの番組が残っていたら、何か一歩踏み込んだ特集が出来るんだろうに・・・と残念に思う。 私は「ザ・スクープ」という番組で仕事が出来たことが本当に幸せです。今まで見てくださったみなさま、スタッフのみなさま、本当にありがとうございました。 |