中山律子の母
 〜奇跡のパーフェクトゲーム 〜

  第84話 2003年1月26日放送


中山律子
鹿児島県鹿児島市出身。1969年日本で初めて行われた女子プロボウラーテストに合格。
翌年、東京・府中スターレーンで開かれた公式戦にて日本女性初・夢の300点・奇跡のパーフェクトゲームを達成。『さわやか律子さん』として日本中にボウリングブームを巻き起こした。
現在も“ボウリングの女王”として還暦を迎えた今も第一線で活躍している。

戦後の苦しい時代、鹿児島で7人の子供を抱え、体の弱い父・孝に代わって中山家を支えたのが律子の母・貞(テイ)であった。そんな母の秘めたる願い――『この中から一人でも日本一が出てくれれば』母はそんな願いを込め、真っ黒に汚れた7人の子供たちの靴を洗い続けた。

ラーメン1杯が100円の時代にボウリングは1ゲーム250円。『練習したい…』律子は内緒で母の店のレジから千円札を失敬した。母は毎日レジから消えていく千円札を知りながら、ボウリングに熱中する律子を黙って見守り続けた。『子供には夢を追い続けて欲しい』どんなに生活が苦しい時も、母は律子に『ボウリングをやめろ』とは決して言わなかった。

『賞金を稼いで母に楽をさせてあげたい』プロになるために律子は上京、東京タワーボウルに入社。技術を磨くために毎日20ゲームの投げ込み、そしてスタミナをつけるために東京タワー地上150メートルの大展望台へ通じる590段もの階段を何回も往復した。
一年後、努力が実り律子は見事女子プロボウラーの座を掴んだ。

1970年8月21日――一奇跡は起こった。東京・府中スターレーンで行われた女子プロボウラーの女王を決める公式戦。詰め掛けた観客は律子の投球に熱い視線を注いだ。律子の母・貞はいつもテレビの前で娘の活躍を見守ったいた。12回連続ストライク・奇跡の300点・パーフェクトゲームを達成・女子プロボウラー初のその快挙を手にしたのは娘・律子であった。母が願い続けた『日本一』の夢が叶った瞬間だった。


律子の母・貞は生涯一度もボウリングをしないままこの世を去った。
母が亡くなって今年で13年、律子はボウリングの楽しさを広めるために全国各地で指導を行っている。現在の律子の夢は『生涯現役』今日もボウリングと真剣勝負を繰り広げている。


取材地:
鹿児島県鹿児島市
品川プリンスボウル
溝の口 ムサシボウル
東京タワー(東京タワーボウリング)
出演者:
中山律子 
中山恭子(義姉)中山京子(妹)

野村美枝子(女子プロボウラー)
制作担当:
プロデューサー 加藤義人 (テレビマンユニオン)
  プロデューサー 高梨聞吉(テレビ朝日)
  ディレクター 小林みつこ(テレビマンユニオン)