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  • 奇跡の地球物語
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#82 2011.7.3
記録〜未来への伝言〜

武田双雲。書の世界に新風を吹き込む若き書道家。今回番組では、彼に番組タイトルを書いてもらった。

人類の歴史は「記録」されることによって、未来へと受け継がれてきた。
先人の叡智は「記録」という形で伝えられてきた。
記録するための史上最強のアイテム…それは「墨」。古くから使われてきた「墨」の加工技術は、2000年以上の時を経た現代にまで引き継がれている。
この「墨」と同様、記録になくてはならない重要なアイテムが「紙」。
この「墨」と「紙」が出会うことにより、「記録」は飛躍的に進化を遂げていったのだ。
今回は先人達が記してきた科学と、若き書道家が伝える、すばらしき書の世界に迫る。

<「記録」の歴史>
私たちは先人達が「記してきたもの」から様々なことを知り、また感じ取ることが出来る。
数々の書の作品を世に送り出し、書くことの楽しさを伝える若き書道家・武田双雲が、歴史に名を残した偉人の書から感じ取ったものとは一体どんなものなのか?
織田信長の書・・・直筆として唯一現存する、若かりし家臣の戦功を褒め称えたもの
武田氏 「信長の書は、幽玄!かっこいいけど、触れたくはない!」
徳川家康の書・・・関ヶ原の戦において、宿敵・石田三成を捕らえたという報せをいち早く同盟の武将に伝えた直筆
武田氏 「家康の書は、器が大きい、この人についていきたい!と想わせる柔らかさと器の大きさがある!」

武田氏によると 「直筆の書は隠しきれない個性がでる。自画像や似顔絵よりも真実を伝えてくれる」のだと言う。

そもそも、世界には「記録」はどんな形で残っているのか? 記録にまつわる世界各地を見てみよう。

かつてインカ帝国が築いた空中都市の遺跡「マチュ・ピチュ」(現:ペルー共和国)
インカ文明は文字を持たない文化だったため、成り立ちに関する「記録」がほとんど残されていない。
マチュ・ピチュやインカ文明が未だに謎が多いのは、文字としての記録が無かったことが、大きな要因とされている。

世界最古の洞窟壁画として知られ、約3万2000年前に記されたとされる「ショーヴェ壁画」(現:フランス)
この壁画には、300体を越える動物の絵が描かれている。私たちはこの絵から、ヨーロッパにはかつてマンモスが生息し、まるでアフリカ・サバンナのような環境であったことを知ることが出来る。

紀元前3500年頃栄えた文明「メソポタミア文明」
粘土板とそこに刻み込まれたくさび形文字がこの時代の記録として残っており、ハンムラビ法典碑にはメソポタミア文明における法律が記されていた。

紀元前3000年頃に成立した文明「エジプト文明」
画期的な記録媒体「パピルス」が登場。「パピルス」とはナイル川沿岸に、大量に自生していた植物の茎の繊維を細かく切って交互に重ね、それを圧迫してシート状にしたもの。現在の紙の役割を果たしていた。古代エジプトにおける様々な記録を現代に伝えてくれる。

古代の法律が刻み込まれた石碑「ロゼッタストーン」(現:エジプト・アラブ共和国)
ギリシア語とエジプト文字で刻まれたこの石碑は、古代エジプト語の解読に道を開いた。

一方、東洋では、紀元前1700年頃の中国で、「記録」という行為を飛躍的に発展させる技術が誕生していた。
それが「墨」の加工技術。「墨」の誕生から約1500年後の紀元前200年頃には、現在とほぼ同じ墨が登場したという。この墨の加工技術は、古からほぼ変わらずに現在に引き継がれている。

<墨の作り方>
(1) 溶かした膠と、煤をよく混ぜ合わせ、揉み込んでいく。
(2) 膠と煤を錬り上げ取り出された塊が、成形する前の「墨の原型」
※この状態になると墨汁としても使える。
(3) 膠のもつ動物性タンパク質の臭いを消すために、香料を混ぜる。習字の時間に教室内に漂っていた墨の匂いは、この香料によるもの。
(4) 香料を混ぜた墨の原型を、入念にこね上げていく。使用する材料やその配合、練り方によって、水墨画のような淡い墨や、線のはっきり出た滲みの少ない濃い墨など、様々な墨ができあがる。
(5) 細長い型に入れ、しっかりと固定し成形する。
(6) 成形した墨は半年から1年間かけて、じっくり乾燥させる。

墨作りを行う職人にとって一番難しいことは 「煤も膠も自然のものなので毎回違う」ことだと言う。まるで生き物を相手にしており、様々な引き出しを(経験)持っていないと対応できないと言うのだ。
こうして、約2300年にわたり人類の歴史を記してきた偉大な筆記用具が出来上がるのだ。

かつての人々は墨を使い、石や竹に文字を記してきた。そこへ、記録の歴史を大きく発展させる大発明『紙』が登場する。近年、中国・甘粛省(かんしゅくしょう)の博物館に保管されていた麻の紙が、前漢時代に書かれた家族への手紙であることが判明した。つまり二千年以上も前に、紙が作られていたというのだ。
そして西暦105年、現在に受け継がれる紙の製法が確立された。当時、紙の製法は手順などが詳しくまとめられ技術者達に伝えられたのだが、あまりに画期的な発明であったため、一部のアジア地域を除き、約650年もの間、門外不出の技術とされた。
しかし、8世紀、当時の唐が戦争に敗れたのをきっかけに紙の製法は西洋に伝わり、やがては世界を席巻する。
墨と紙の技術が日本に伝わったのは610年(日本書紀より)。時の摂政・聖徳太子は、日本全国に広めようと精力を注いだ。以降、墨と紙は、日本人の文化に欠く事の出来ないものとなっていった。
聖徳太子の直筆の書と言われている「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」。お経の注釈が書かれているこの書は、現存する日本最古の書物でもあると考えられている。

<書は人を表す>
書道の世界で最も優れた書家と言われる、中国の貴族・王羲之(おうぎし)。その代表作、『蘭亭序(らんていじょ)』。
この書は、宴の場で貴族達が詠んだ歌を集めた、詩集の序文で、下書きだったとも言われている。 王義之が、酔ってしたためた書と言われているのだ。後に書き直そうと試みたが、これ以上の出来のものが書き上がらなかったため、これが後世に残ったといわれている。

そして、武田双雲氏が、是非見てもらいたいという書…それが江戸時代の名僧、良寛の書。
仏教のお題目を記したものだが、
「良寛の直筆は本当にヘタ。隙間だらけで適当な字に感じるが、『それも計算の上なのか?』と思うくらい、いつの間にか引き込まれてしまう魅力がある。『書家の書』と『絵描きの絵』が嫌いだと言葉を残した型にはまらない良寛の生き方が、そのまま書に表れている。」と武田氏は語る。
書は、それを書いた人物の人となりも記録するのである。

<無限に広がるモノクロームの世界>
『書は人を表す』。かくも豊かな墨と紙の世界。最後に武田氏は書についてこう語った。
「墨・硯・紙・筆・・・職人の絶妙な技は何千年も変わってない。書道の道具は何千年も変わることが出来ない。
シンプルなだけに、同じ "黒" "にじみ"でも深いバリエーションがある。
無駄な部分ではあるが、あえて紙の繊細さ、にじみ、筆の弾力を残すことで、そこに美的感覚・個性が生まれやすい。道具も限られているからこそ、バリエーションも増える。そこが書の魅力。」

『書は人を表す』記録は、はるかな時をこえて、永遠の未来へと伝えられていく。

<今週の出演者>
書道家 武田双雲さん
墨運堂/製墨職人 河野 克典さん