月曜日

石原良純が人生を豊かにする趣味・生きがいを提案

放送日 2017/09/11

数々の伝説の舞台が現存! 京都“魔界ミステリー”散歩

1000年の古都で今も息づく“魔界伝説”の舞台をめぐる散歩

NPO法人 京都観光文化を考える会・都草(みやこぐさ)
TEL/075-451-8146

石原良純さんが訪れたのは、華やかな歴史と伝統に彩られた1000年の古都「京都」。そこで今回行うのは、歴史の裏側でうごめく奇々怪々な世界を訪ねて歩く「魔界ミステリー散歩」なんだとか! 数々の“魔界スポット”へ石原さんを案内してくださるミライビトは、40年にわたって京都を研究している「NPO法人 京都観光文化を考える会・都草(みやこぐさ)」特別顧問の坂本孝志(さかもと・たかし)さん(72)です。

怨霊と化したとされる、桓武天皇の弟“早良親王”を祀った神社

御靈(ごりょう)神社
住所/京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495番地
TEL/075-441-2260
受付時間/9:00~17:00(季節により変更あり)

最初に訪れたのは、坂本さんが「京都の歴史を語る上で欠かせない、全ての始まりの場所」と語る「御靈(ごりょう)神社」です。

こちらに祀(まつ)られているのは、桓武(かんむ)天皇の弟である「早良親王(さわら・しんのう)」。都がまだ長岡京だった時代、無実の罪を着せられたまま亡くなった早良親王が怨霊(おんりょう)と化して天変地異や怪死などの災い(わざわい)を起こしたことから、その怒りを鎮(しず)めるべく、こちらの神社が建てられたのだといいます。

桓武天皇は弟の怨霊から逃れるべく都も移しました。そうやって誕生したのが「平安京」だったのです。

秘術で都を怨霊から守ったとされる陰陽師“安倍晴明”を祀る神社

晴明(せいめい)神社
住所/京都市上京区晴明町806(堀川通一条上ル)
参拝時間/9:00~18:00
TEL/075-441-6460(社務所 9:00~18:00)

平安京の時代になっても都は平穏を取り戻せず、怨霊の仕業とされる天変地異が起こり続けたといいます。そんな魔界と化した京都を守るべく立ち上がったのが、陰陽師(おんみょうじ)の代名詞的存在である「安倍晴明(あべの・せいめい)」でした。

摩訶不思議な術を使って多くの怨霊を退治したと伝えられる安倍晴明。その住居跡に建てられたという「晴明(せいめい)神社」を、石原さんたちは訪ねました。坂本さんによれば、「安倍晴明は京都を怨霊の手から守るための“ある仕掛け”を施した」のだそうです。それが何であるのか、石原さんは晴明神社の宮司である山口琢也さんに伺いました。

山口宮司によると、安倍晴明の住居は「天皇の住まいの北東」に置かれたそうです。当時、北東は「怨霊が出入りする方角」とされ、「鬼門(きもん)」と呼ばれて恐れられていました。つまり安倍晴明は、自分が鬼門に住まうことで「災いを起こす怨霊が都に入ることを防いでいた」わけです。

身を挺して都を怨霊から守った安倍晴明を描いた、700年ほど前の絵を石原さんは見せていただきました。そこには式神(しきがみ)と呼ばれる「陰陽師が使役する精霊」も描かれています。伝説によれば安倍晴明は、この式神を怨霊退治だけでなく、屋敷の門の開け閉めなどの雑用にも使っていたそうです。

“都を守る鬼”となったとされる元三大師(角大師)の像がある古刹

廬山寺(ろざんじ)
住所/京都市上京区寺町通り広小路上る北之辺町397
TEL/075-231-0355

坂本さんによると、実は京都には安倍晴明の他にも「災い封じのできる術者」がいたそうです。石原さんは、その人物がおよそ1000年前に創建したという「廬山寺(ろざんじ)」へやって来ました。その人は「元三大師(がんざん・だいし)」といい、天台宗の第18代の座主(最高位)だった方だそうです。

平安時代の都には疫病が流行し、あちこちに病死者の遺体が放置されていたんだとか。元三大師はそうした人々の魂を救うべく、祈祷(きとう)中の自分の姿を弟子に描かせたお札を大量に貼らせたそうです。お札に描かれた元三大師の姿はまるで“鬼”のようだった為、「角大師(つの・だいし)」とも呼ばれたといいます。

「都を守る鬼」となった元三大師の像が、廬山寺のお堂に祀られています。「鬼大師(おに・だいし)像」と呼ばれるその像には、「見た者の心を見透かす霊力がある」と言われているそうです。手を合わせて像の顔を見た時、笑っているように見える人は「心がけの良い人物」なんだとか。反対に、怒っているように見える時は「何か悩み事がある」のだそうです。石原さんは幸い「笑っているように見えた」といいます。

実は元三大師は「おみくじ」の考案者でもあるんだとか! せっかくなので、と石原さんも引かせていただきましたが、残念ながら結果は「凶」でした。

“あの世とこの世を結ぶ”と言われた井戸が現存する古刹

六道珍皇寺(ろくどう・ちんのうじ)
住所/京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町595
TEL/075-561-4129
※通常時は自由に参拝可能

◆秋の特別拝観
拝観料:大人500円、中学生300円、小学生200円
拝観時間/9:30~16:30(最終日は16:00閉門)
・9月16日(土)~18日(月・祝)
・10月6日(金)~9日(月・祝)
・11月3日(金・祝)~5日(日)
・11月23日(木・祝)~26日(日)

廬山寺を後にした石原さんたちは鴨川までやって来ました。実は平安時代、鴨川から向こう側は「異界」とされていたのだそうです。

石原さんたちが訪れたのは、平安京ができた頃に創建されたという「六道珍皇寺(ろくどう・ちんのうじ)」です。六道とは、あの世にあるとされる6つの世界のこと。死者がその中のどれに進むかは生前の行いに応じて閻魔(えんま)大王が決めるそうなんですが、ここ六道珍皇寺は「その裁きを受ける場所」なのだといいます。

そう言われた背景には、この一帯のかつての役割が関係しているんだとか。実は平安時代、この辺りは「鳥辺野(とりべの)」と呼ばれ、埋葬をされない一般庶民のおびただしい数の骸(むくろ)が山積みにされていたそうなのです。その為、当時の人々はこの一帯を「あの世とこの世の境」とし、「ここに六道への入口がある」と考えたといいます。

六道珍皇寺には、もうひとつのミステリー伝説があります。平安時代前期の朝廷に「小野篁(おのの・たかむら)」という官僚がいたのですが、この人物には「冥界(あの世)の役人では?」というウワサがあったそうです。「小野篁が冥界へ行く際に使っていた」とされる井戸が、六道珍皇寺には現存しています。その名も「冥途通い(めいど・がよい)の井戸」といいます。石原さんは、井戸の内部を覗かせていただきました。惜しくもあの世は見えませんでしたが、そこには今でもこんこんと水が湧き続けていました。

実は6年前、「小野篁が人間界へ戻る際に使っていた井戸」というのも発見されたのだとか! その名も「黄泉(よみ)がえりの井戸」。この井戸が存在することは以前から分かっていたそうなんですが、上に建物があった為に確認ができなかったといいます。それが6年前に取り壊されて更地になったことで調査できるようになり、掘り返したところ黄泉がえりの井戸が見つかったのだそうです。

六道珍皇寺では今週末から「秋の特別拝観」が始まります。冥途通いの井戸や黄泉がえりの井戸も見ることができるそうなので、興味のある方は訪れてみてはいかがでしょうか?

一覧を見る

ランキング
プレゼント・懸賞

ページの先頭へ