水曜日

伝統守り、次の世代へ引き継ぐべく奮闘する輝く女性に密着。 宇賀なつみアナが体当たりレポートで紹介、応援します。

放送日 2017/10/11

亀井真貴(52) 福岡で400年続く高取焼の窯元“味楽窯”15代目女将

福岡で400年続く高取焼“味楽窯”15代目女将・亀井真貴さん(52)

高取焼 味楽窯(みらくがま)
住所/福岡県福岡市早良区高取1-26-62
TEL/092-821-0457
営業時間/10:00~17:00
休館日/日曜・祝日(事前予約にて対応可能)
※詳細は店舗まで直接お問い合わせください。
紹介した「高取肩衝茶入」55万円、「高取単瓢水指」55万円(共に税別)

宇賀なつみアナウンサーが、伝統や文化を受け継ぎ、生き生きと輝く女性から、人生を素敵に過ごす秘訣などを伺う「継ぐ女神」。今回ご登場いただいたのは、400年もの歴史を誇る福岡伝統の焼き物「高取焼(たかとりやき)」の窯元「味楽窯(みらくがま)」の15代目女将・亀井真貴(かめい・まき)さん(52)です。

高取焼とは、福岡藩主だった黒田如水(くろだ・じょすい)・長政(ながまさ)親子の命を受けて始まったとされる焼き物のこと。福岡藩の御用窯として大いに栄えたそうですが、それだけに品質へのこだわりは尋常ではなく、なんと「藩へは1000個作ったうち最も出来の良い1個だけを献上し、残りは全て捨てていた」といいます。

大都市の中心部にある“約1000坪”の亀井家の家宝とは?

宇賀アナは、福岡ドームからもほど近い亀井家に案内していただきました。大都市の中心部にあるにもかかわらず、その敷地の広さは驚きの約1000坪! 緑豊かな敷地内には複数の建物が建っていて、高取焼の登り窯もその中にあります。

代々「茶器」を専門に作って来たという亀井家には、堂々たる茶室がありました。戦後間もなく建てられたものだといいますが、ただの茶室ではありません。なんと、豊臣秀吉と千利休が茶会を開いたと伝えられる「筥崎宮(はこざきぐう)」の鳥居が“柱”として使われているのです! なるほどよく見ると、鳥居だった頃をしのばせる木組み用の穴もあります。

宇賀アナは、10LDKもあるという真貴さんの自宅で、亀井家の“家宝”を見せていただきました。夫である15代亀井味楽さん(56)が出してくださったそれは、茶釜に水を継ぎ足すのに用いる「水差し」と呼ばれる茶器。江戸時代初期の「古高取(こたかとり)」と呼ばれる貴重な焼き物だといいます。果たしてどの位の価値があるのか、高取焼に詳しい地元の鑑定士さんに見ていただきました。

「京都のお寺から出てきたものと聞いている」と味楽さんが語る水差しは、鑑定士さんによれば「本物」で、その評価額はなんと「250万円」。25万円程度と踏んでいた亀井夫妻は、想像以上の高額査定にビックリしていました。

高取焼の命とも言える“究極の薄さ”を出す高度な技術

宇賀アナは、真貴さんの自宅前にある高取焼の工房に、特別に入れていただきました。その中で味楽さんが作っていたのが、抹茶の粉を入れる「お茶入れ」という茶器。厚みはわずか1.5mmしかなく、その薄さに宇賀アナは感嘆の声をあげていました。まさにその“薄さ”こそが高取焼最大の特徴で、一般的な焼き物の半分以下しかないといいます。福岡藩が高い技術力を外部に示すべく「究極の薄さ」を求めた結果、ここまで進化したのだとか。

そんな繊細な高取焼を作り出すのが、足で蹴って回転させる、通称「蹴ロクロ」という道具。ある程度まで出来たところで、如意棒(にょいぼう)と呼ばれる道具を内側に当て、殿様から命じられた究極の薄さへと近づけていきます。宇賀アナもこの如意棒使いにチャレンジさせていただきましたが、その出来は…残念ながら、他藩を感心させた高取焼とは程遠いものでした。

形が出来上がったら「素焼き」の工程に回され、その後、釉薬(ゆうやく)がかけられます。何種類もの釉薬をかけることで、多くの茶人たちから愛されてきた「高取焼独特の美しい模様」が生まれるのだといいます。かけ終わったら1260℃の高温で3日間焼かれます。「じっくり3日焼いたあと、1日かけてゆっくり冷やす」という方法をとる事によって密度が高まり、「薄いのに割れにくい」という特徴が生まれるのだそうです。

伝統を守るための“新たな挑戦”を行った亀井真貴さん

紹介した「LIEN フリーボウル」各8000円(税別)

元々は味楽さんが開いていた陶芸教室の生徒だった、という真貴さん。縁あって師匠と結ばれ、亀井家に嫁いできたのは23歳の時だったといいます。400年続く老舗のしきたりは厳しいものだったそうですが、「その厳しさがあったからこそ長い歴史をつないでこられたのだ」と真貴さんは前向きに受け取り、試練に耐えました。

しかし、そんな伝統を受け継ぐ老舗にも“時代の波”は容赦なく襲いかかってきました。茶道人口の減少に伴い、茶道具の売り上げが最盛期の半分程度にまで落ち込んでしまったのです。そんなピンチを救ったのは、意外にも“新参者”だった真貴さんでした。新参者だからこそできる自由な発想で「高取焼の高度な技術を使った普段使いの食器」の製造を提案したというのです。

真貴さんの提案は当然のごとく、最初は受け入れられませんでした。けれども試しに「ボウル」を作ってみたところ、これが大ヒット! 毎年12月に行われる「窯開き祭」には食器目当てのお客様が大勢訪れるようになり、高取焼の可能性を大きく広げるきっかけとなったそうです。今では味楽さんも、真貴さんのアイデアを高く評価し、深く感謝しているといいます。

守るために“必要な挑戦”がある。失敗しても成功しても、きっと得るものがあります

今回、真貴さんへの取材を通して宇賀アナの心に残った「女神の一言」は、「守るために“必要な挑戦”がある。失敗しても成功しても、きっと得るものがあります」です。

「多くの人たちに高取焼の素晴らしさを知ってもらうには、新たな挑戦が必要だ」と考えた真貴さんは、周囲の反対を押し切って「普段使いの食器の製造」を提案しました。その挑戦に踏み切ったことによって、味楽さんも「高取焼の長所」を改めて実感し、それが伝統の茶器作りにも反映されるようになったそうです。

真貴さんの挑戦は、まだまだ止まりません。男性陣にはこれまで通り「400年続く茶器作り」を優先してもらい、息子が将来結婚したら、そのお嫁さんを加えた女性陣で「普段使いの高取焼」の新たな歴史をつむいでいきたいと考えているそうです。

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