水曜日

伝統守り、次の世代へ引き継ぐべく奮闘する輝く女性に密着。 宇賀なつみアナが体当たりレポートで紹介、応援します。

放送日 2017/07/26

中里由美子(66) 長崎で395年続く三川内焼窯元“平戸洸祥団右ヱ門窯”17代目女将

秀吉の命から始まった焼き物

平戸洸祥団右ヱ門窯(ひらどこうしょうだんうえもんがま)
住所/長崎県佐世保市三川内町889番地
TEL/0956-30-8606
展示営業時間/9:00~17:00
定休日/年末年始

◇紹介した商品
「平戸菊花飾装飾瓶」29万1600円(税込)
「平戸菊花飾青海波文丸杯」6480円(税込)
「牡丹唐草文九寸八角皿」12万9600円(税込)

宇賀なつみアナウンサーが、伝統や文化を受け継ぎ、生き生きと輝く女性から、人生を素敵に過ごす秘訣などを伺う「継ぐ女神」。今回お会いしたのは、長崎・佐世保市で395年の歴史を誇る「三川内(みかわち)焼」窯元「平戸洸祥 団右ヱ門窯(ひらどこうしょう・だんうえもんがま)」の17代目女将・中里由美子さん(66)です。

 三川内焼は、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際、半島の高い陶芸技術を持ち帰らせ、窯を開かせたのが始まりで、佐世保の山里で約400年にわたり受け継がれてきました。最大の特徴は細かくて美しい装飾。焼き物には秀吉の技術の粋が集められているのです。

御用窯として尽くした証

江戸時代には平戸藩の御用窯として仕えたという老舗。18代目となる息子の太陽さん(40)が、家宝の絵を見せてくださいました。由美子さんも初めて見るというこの絵、実は何が描かれたものなのか不明なのだそう。唯一わかっているのは、明治維新後に、御用窯として尽くしてきたお礼にと、平戸藩のお殿様だった松浦家からいただいたということです。

高い価値を持つものかもしれませんが、そこにはこだわらない由美子さん。「お殿様にいただいただけで幸せですので」と語りました。

伝統の技術“菊細工”

工房では、三川内焼の作業の様子を見せていただきました。太陽さんが行っていたのは、伝統技法からなる繊細な細工です。粘土を何度も何度も筆で塗り重ねながら、立体的な龍を描いていました。

同じく伝統技法で作られるのが菊細工です。こちらを担うのは、由美子さんの夫で17代の一郎さん(75)。菊の花びら一枚一枚を、粘土から竹ベラで切り出していきます。三川内焼き最大の特徴ともなるこの技は、一子相伝。現在知っているのは、17代と18代だけです。

そんな伝統の技に挑戦することになった宇賀アナ。一子相伝とはいえ、「宇賀アナは受け継がないから(笑)」と、特別に手ほどきしてくださったのです。出来上がった菊の花は、「サボテンみたい」。当然のことながら、すぐにできるものではありませんでした。

ご主人の作った菊の花を杯の中心に貼りつけ素焼きすると、由美子さんの出番。絵付けの作業の始まりです。「私は絵が描けないのでお母ちゃんがおらんと・・・」とはご主人。由美子さんなくては完成しないといい、ご夫婦で40年にわたり作り続けてきました。

絵付けを通して作品を支える由美子さん

熊本県から老舗の窯元に嫁いで45年。もともと陶芸とは関係のないサラリーマンの家で育ち、しかも絵を描くのも苦手だったといいます。「実家の母親が心配して、熊本に帰るだけの電車賃を必ず持っていなさいといいまして」。その言葉通り電車賃をポケットに忍ばせ、家事をこなしながら、夜遅くまで絵付けの練習をしていたといいます。

その姿を見ていたご主人はいいます。「ここまでなるとは思ってもいなかった」。

由美子さんが腕を上げる一方で、かつて500人もいた職人は90人ほどに減り、陶芸の里も次第に元気をなくしていきました。由美子さんは「自分の満足のいくものを作ってばかりいたのではだめ。直接消費者さんに販売する方法はないか」。三川内焼をもっと多くの人に知ってもらわなくてはと、デパートやイベントに出向きアピール。その甲斐あって、観光客を中心に徐々に評判は上がりはじめ、2年前にはオランダ王室に作品を献上。今、注目度が増してきています。

苦手こそ克服すれば最大の武器になる

今では伝統工芸士の資格も持つ由美子さん。そんな由美子さんとの出会いを通して宇賀アナが心に残った「女神の一言」は、「苦手こそ克服すれば最大の武器になる」です。

不得手だからやらないのではなく、あえて向かっていくことで強くなれるのだとおっしゃっていました。

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