水曜日

伝統守り、次の世代へ引き継ぐべく奮闘する輝く女性に密着。 宇賀なつみアナが体当たりレポートで紹介、応援します。

放送日 2017/03/15

府川壽惠(64)静岡・清水で322年続く“追分羊かん”15代目女将

静岡・清水で322年続く“追分羊かん”15代目女将・府川壽惠さん

追分羊かん(おいわけ・ようかん)
住所/静岡県静岡市清水区追分2-13-21
TEL/054-366-3257
紹介した「追分羊かん」1050円(税込み 300g)

宇賀なつみアナウンサーが、伝統や文化を受け継ぎ、生き生きと輝く女性から、人生を素敵に過ごす秘訣などを伺う「継ぐ女神」。今回ご登場いただいたのは、静岡・清水で江戸時代から322年続く「追分羊かん(おいわけ・ようかん)」の15代目女将・府川壽惠(ふかわ・としえ)さん(64)です。

江戸時代、東海道の旅人の土産物として人気を博したという追分羊かん。今も昔と変わらぬ製法で作られており、一枚一枚タワシで丁寧に洗った竹の皮に、もっちりした羊かんが包まれています。抗菌性の高い竹の皮で包まれているおかげで日持ちがし、そこが旅人たちに重宝がられたのだそうです。素朴な竹の香りも羊かんの美味しさを高めるのに一役買っており、現代のお客様たちにも大好評を博しています。

“追分羊かん”を愛した歴史上の偉人と、偉人ゆかりの家宝

大政奉還後を静岡で過ごした江戸幕府最後の将軍「徳川慶喜(とくがわ・よしのぶ)」も追分羊かんが大好物で、なんと「店を度々訪れては、奥の座敷で味わっていた」のだといいます!

宇賀アナは今回、その座敷へ上がらせていただきました。慶喜の立ち寄っていたという18畳の座敷は残念ながら戦争で焼けてしまい、今あるのは昔の姿を忠実に再現した2代目だといいます。それでもすでに70年の歴史が積み重なっており、老舗ならではの風格が感じられます。座敷から眺められる立派な庭園は戦火を受けず、昔のままだといいます。慶喜はお茶と羊かんを味わいながら、この美しい庭を愛でていたそうです。

壽惠さんは、慶喜との親交があった証の品を見せてくださいました。府川家の家宝だというそれは、慶喜が店のために書いてくれたという直筆の書です。そこに書かれている「静中観物化(せいちゅうかんぶっか)」という言葉には「静かに隠居しながら、世が動くさまを眺める」という意味があるそうです。府川家の人々は今も慶喜を敬愛しているそうで、壽惠さんも「慶喜公」と呼んでおられました。

歴史上の人物ゆかりの品は他にもありました。それは“海道一の大親分”として名をとどろかせた「清水の次郎長(じろちょう)」にあてて書かれたという「山岡鉄舟(やまおか・てっしゅう)」の手紙です。

山岡鉄舟とは、明治維新の際、幕府方について勝海舟(かつ・かいしゅう)の使者として活躍した人物。その鉄舟の義理の弟が静岡県の「相良油田(さがら・ゆでん)」の発掘作業を担当していたため、「仕事の相談に乗ってやってほしい」という頼み事の手紙を次郎長へ送ったのだそうです。その次郎長も晩年はお酒を飲まず、甘いものを好んでいたんだとか。生家が近所にあったことから、追分羊かんも食べていたといいます。

先祖から受け継いだ門外不出の製法で生み出される“追分羊かん”

「徳川将軍にも愛された歴史的銘菓」と聞くと、その製造過程を見たくなってきます。宇賀アナがお願いしたところ、本来は外部には見せないという製造現場へ特別に入れてくださいました。

322年変わらぬやり方で続く門外不出の追分羊かん作りは、鉄筋3階建ての近代的な工場内で行われていました。1階にあるのは羊かんの命とも言える餡(あん)を煮る部屋ですが、そこに入れるのは壽惠さんの夫である15代目社長・充宏さん(70)と、充宏さんに認められた“特別な職人”のみ。なんと、女将である壽惠さんですら入ったことがないのだとか! 当然、撮影も許可されませんが、「一般的な蒸し羊かんでは用いないコメを秘伝の製法で練り混むことで、もちもちの餡を生み出している」という秘密の片りんだけは教えてくださいました。

2階の作業場で宇賀アナが対面したのは、工場長を務めるドイツ人のショルツ・レネさん(34)。来日7年目だというレネさんは壽惠さんの次女・弥生さん(36)の夫で、前述の“特別な職人”というのはこのレネさんのことなのだそうです。

レネさんは宇賀アナに「餡を竹の皮で包む作業」を見せてくださいました。適量の餡を皮でくるみ、手作業で器用に成形していくレネさん。宇賀アナもこの作業にチャレンジさせていただきましたが、長さや太さを基準通りに整えるのに四苦八苦。「どうにか出来たかも」と思えたものも、改めて見てみると、当人いわく「全然出来ていませんでした」。

包み終えたものは蒸し器で2時間ほど蒸された後、1日寝かされて完成品となります。宇賀アナは、出来立てのものを試食させていただきました。竹の皮の合わせ目を見つけてめくると、もちもちの羊かんが姿を現します。甘すぎなくて優しい昔ながらの味に、すっかり魅了された様子の宇賀アナ。慶喜が見たのと同じ景色を眺めながら味わうと、美味しさもひとしおです。

事業の拡大よりもサービスの向上を重視した府川壽惠さん

壽惠さんが嫁いできた頃、追分羊かんは5店舗を展開していたそうです。若女将となった壽惠さんは全店舗を行き来しながら、がむしゃらに働いたといいます。「この嫁を選んで良かったと思われたくて、当初の3年間は年中無休で働いていた」と、当時を振り返る壽惠さん。

しかし、多忙な日々を送る中で、壽惠さんの中で少しずつ“不安”が芽生え始めたといいます。「売り上げを重視して店の規模を広げることでサービスが低下してしまったのでは本末転倒ではないか?」という危惧を抱いた壽惠さんは充宏さんと相談し、5店舗を2店舗へと減らしたのだそうです。その結果、きめ細やかな対応ができるようになり、観光バスまでやって来る大人気店になったといいます。

「何でも出来て、気遣いもあって素晴らしい」と充宏さんが絶賛する壽惠さんの名女将ぶり。そんな壽惠さんの“最後の大仕事”が、娘婿(むすめむこ)であるレネさんの育成だといいます。日本独特の風習に未だ戸惑うことが多いというレネさん。今後どこまで家業に関わっていくのかも未定だそうですが、その真面目さや一生懸命さは壽惠さんも充宏さんも十分認めており、だから“家族の一員”として老舗のしきたりを毎日教えているそうです。

「追分羊かんを愛する気持ちがあって、目的意識が一緒ならば、国籍なんかは関係ない」と語る壽惠さん。レネさんも「ドイツへ帰りたくなったこともあったが、今では“7年間の努力を無駄にしたくない”と思えるようになった」と、義父母の期待に応えようとされていました。努力の甲斐あってレネさんの腕は大いに上がり、充宏さんも「レネの作る餡の味は何も言うことなし!」と太鼓判を押しています。

何もかもと欲張ってはダメ! 自分のできる範囲のことを極めてこそ強くなれる!!

今回、壽惠さんへの取材を通して宇賀アナの心に残った「女神の一言」は、「何もかもと欲張ってはダメ! 自分のできる範囲のことを極めてこそ強くなれる!!」です。5店舗あった店をあえて2店舗に減らすことでサービスの質を高め、先祖から受け継いだものを“あるべき姿”のまま未来へとつないでいく…。これが実現できたのは、壽惠さんの中に強固な“老舗の女将としての自覚”があったからではないでしょうか。壽惠さんはこれからも「商売を“大きく”することよりも“深く”することの方を目指したい」と語っておられました。

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