水曜日

伝統守り、次の世代へ引き継ぐべく奮闘する輝く女性に密着。 宇賀なつみアナが体当たりレポートで紹介、応援します。

放送日 2017/03/08

平川富子(62) 大阪・堺で450年続く伝統技 鋏鍛冶“佐助”22代目女将

1年半待ちの鋏などを作る“佐助”

鋏鍛冶 佐助(はさみかじ さすけ)
住所/大阪府堺市堺区北清水町3-4-20
TEL/072-233-6812

宇賀なつみアナウンサーが、伝統や文化を受け継ぎ、生き生きと輝く女性から、人生を素敵に過ごす秘訣などを伺う「継ぐ女神」。今回お会いしたのは、大阪・堺市で、およそ450年続く、鋏(はさみ)鍛冶「佐助」の22代目女将、平川富子さん(62)です。

創業したのは室町時代。種子島に伝来した火縄銃の技術が伝わった堺は一大産地となり、富子さんのご先祖も、紀州徳川家や土佐藩に鉄砲を納めていたといいます。そして明治になり、17代目が作るようになったのがハサミや包丁でした。今ではその技術が高く評価され、ハサミは1年半、包丁も3、4か月は待たないと手に入らないほどに。そんな製品の中には純金も使った360万円する植木バサミもありました。

土佐藩からもらった提灯

店舗も兼ねるご自宅で、富子さんの夫で22代目の康弘さん(66)が平川家に伝わるお宝を見せてくださいました。それは、土佐藩からもらったという提灯。幕末、鉄砲の代金が払えなくなった土佐藩が代わりに藩の家紋を使って商売をしてもいいと渡したものだといいます。

この40年ほど一度も箱から出していないという貴重な逸品。今回特別に箱から出してくださったのですが、途中、破れるのではとヒヤヒヤする場面も。

日本で一人“鋏鍛冶の伝統工芸士”の技

続いて康弘さんが仕事をする鍛冶場へ。行われていたのは、「刃金付け(はがねづけ)」の作業です。刃金付けとは、ハサミの土台となる地金に硬い鉄を乗せ、「刃」を作っていくもので、「一番大事な工程」だといいます。

鉄の温度はおよそ1000度。何度も熱しては叩きを繰り返し、刃の形を整えていきます。ゴーグルを装着し完全防備で臨んだ宇賀アナですが、その目の前を火花が飛び、思わず「怖い、怖い」。

そして作業は「一番ハサミの重要なところ」に。「プロペラのようにねじれをつけなければあかんのですね」。康弘さんのハサミを正面から見ると、刃全体がプロペラのようにねじれています。この微妙なねじれをつけることで刃と刃の交わる箇所に力が集中し、切れ味が増すのだそうです。

2枚の刃が正確に交差するようねじれを作れるのは、康弘さんだけ。「日本の鋏鍛冶の伝統工芸士は主人だけなんです」。

作るものに惚れ込み、自ら販売も

◇紹介した商品
「植木屋鋏 六寸」12万1000円(税込み)
「椿図象嵌花鋏(乾漆塗り・グリーン) 五寸」100万円(税込み)
「文化包丁(黒流し・黒壇) 五寸五分」 7万7320円(税込み)

富子さんは、大阪でいくつもの事業を行う商売人の家に生まれました。裕福ながら、「籠の鳥じゃなくて檻に入れられていた感じで、厳しかった」そう。商売にもまったく興味がなかったといいます。そんなとき、目に留まったのが康弘さんのお見合い写真でした。海辺で白馬にまたがる姿に「なんか会ってみようか」。30歳で職人として生きる康弘さんとの結婚を決めました。

それから間もなく、安価なハサミや包丁が増え、月の売上も6万円に落ち込みます。それでも、「いいものは絶対に売れる」と信じ、富子さんはデパートなどで直接販売を始めます。時にはレンタカーを運転し、東京を回ったこともあるそうです。その原動力は、「やっぱりそこは惚れ込んでいるんでしょうね、主人の作るものに」。

富子さんの頑張りもあって「佐助」の名前は広まり、お客様も増えていきました。これで一安心と思いきや、康弘さんは「刀の勉強をもう一度やり直したい」と、仕事を放りだし、50歳で日本刀の職人に弟子入りしてしまったのです。

さまざまな苦難の末、その高い技術は揺るぎない信頼を得ています。しかし、現在、康弘さんの技術を継ぐ後継者は決まっていません。息子さんは絶対に無理だとサラリーマンになっています。その現状に、康弘さんは「本当に来たいっていう人がいてたら」といい、富子さんも「日本の技術だからやっぱり残したい」と語ります。

“必要必然”

職人であるご主人を支え続けてきた富子さん。そんな富子さんの取材を通して宇賀アナが心に残った「女神の一言」は、「必要必然」です。職人気質のご主人に商売人の娘である自分が嫁いできたことも、お互い必要だったからなのではないかといいます。

また、「いいことも悪いことも、すべて今の自分に必要なことだから起きているのであって、必ず乗り越えられる」とおっしゃる姿が印象的でした。

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