空気が乾燥して、火事の多い季節真っ只中である。
ただ、一言で火事といっても、昨今のいわゆる「都市型火災」というのは、私たちが抱いている「火事」とかなり性質が変わってきているらしい。つまり、昔ながらの日本家屋である木造住宅ではなく、高気密なビルやマンションといった建築物が密集する都心部では、また異なる火災対策が必要なようである。
記憶に新しいのは大阪・難波の雑居ビルで起きた個室ビデオ店の火災だ。
改めて現場を歩いたのだが、火災から数ヶ月たったものの、未だビニールシートが張り巡らされ、玄関口にはたくさんのペットボトルが供えられていた。個室ビデオ店の一室から出火した火災は、中に居合わせた客、16人もの命を奪ったのだった。
この火災で印象的だったのが、炎による家屋の焼失はわずか40平方メートルほどで、16人全員が一酸化炭素中毒で亡くなっていたことだった。
もし、自分が同じような状況に置かれたとき、いったい炎はどのように燃え広がり、煙はどのくらいのスピードで人間を襲うのか。私たちは難波の個室ビデオ店とまったく同じ空間を再現して実験してみた。
入り口から入ってみると、長い廊下の両側に32室の個室が並んでいる。廊下の幅はようやく人がすれ違うことのできる程度。開口部は入り口しかなくて、奥は壁の行き止まりだ。亡くなった方が集まっていた一番奥の部屋あたりには、窓が2つあったのだが、石膏ボードで塞がれていた。この一番奥の部屋に私が入り、セットに毒性のない白い煙を充満させて、私がどのような避難行動をとるのか実験してみる。
2畳ほどの個室で待機していると、ドアの下から煙が侵入してきた。そこでドアを開けると、身体を覆いつくすように煙が入ってくる。目の前は真っ白で何も見えない。実際の火災当時も、証言によると50センチ先も見えなかったという。この時点で私はまず、壁伝いに手を這わせながらしゃがんでみた。
すると、床上数センチは視界が利くので前進することができる。そして記憶に従い、出口に向けて曲がり角を折れた。
すると手を伸ばした先に壁があるのだ。行き止まりと判断して逆戻りしたところ、なんとそこも行き止まりである。視界はゼロ。もちろんセット外でモニター越しに様子を見ているスタッフの反応もない。
ここで私は無事だと知りながらも軽いパニックに陥った。
行き先を見失い廊下にしゃがんだまま「すみませ〜ん!もうダメです」と絶叫。
その後なんとか出口までたどり着いたものの、奥の部屋から出口までのわずか30メートルの移動に3分半もかかってしまった。
「人は3メートル程度先が見えなくなると、壁伝いに手探りで避難する傾向があります」と私の行動を分析するのは東京理科大の大宮准教授である。
「右利きの人は右の壁、というように、利き腕の壁を触る傾向があるので、そのまま避難すべきではない方向に移動してしまう危険もあります」
そして、私が最初に行き止まりだと思い逆戻りした壁は、なんと開け放たれた個室のドアだった。視界が利かないと、外開きのドアを触っただけで壁だと思い込んでしまう。
次に犯人の証言どおり火災を起こしたところ1分半後に開いたドアからものすごい勢いで黒煙が噴出した。
「この現象をフラッシュ・オーバーといいます。炎で熱せられたソファなどから発声したガスにさらに引火しておきる現象です」そのときの温度は830度。一酸化炭素は1.3%。吸引すると1分ほどで死亡する濃度だった。火が出てからわずか1分強。
機密性の高い建物ではそれほどの猛スピードで人は死に至るのだ。脱出に3分以上もかかった私など助かりようもない。
「一番大切なのは、どこにいても常に手探りで行けるほど十分に非常口を確認しておくこと。機密性の高い建造物は内装を燃えづらいものにしてフラッシュオーバーを防ぐこと」そして、逃げるときには、必ずドアを閉めて廊下を塞がないようにしてください!
「Grazia3月号より」
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