あの田中雅美が、シドニー五輪の全て、そして今後の進路について赤裸々に語った!涙を浮かべながらの1時間、ここに22歳の乙女の心がある…インタビュー続編です。
 
 

田中雅美:雄介さんに「自分の頑張った事が自分に裏切られる」という話をした事があって、まさにオリンピックがそんな気持ちになりました。

裏切られた気持ちなんだ?--

田中雅美:なりましたね。何だったのかなというか。頑張る事全然意味無いという気持ち。

それだけ悔いなくやってきたんだ--

田中雅美:と思います。調子悪い時どうしたら調子よくなるかも考えた。その時その時で今日は一生懸命やれたと思ってた。

100の準決勝までは信じてた?--

田中雅美:そうそう。準決勝終わった後だと思います。もう本当やりたくないと思って。

準決勝終わった後素通りしたんだっけ?--

田中雅美:200の準決ですね。100の時は落ち込んでました。準決は一生懸命やってて。

雄介さんとしゃべったから?--

田中雅美:うん。控え場所に戻る間に雄介さんと話で、覚えてるのは、200の準決が終わった時にもうダメなんだと思ったんですね。自分のオリンピックはダメだったと悟ったというか、わかったんです。で、その時報道陣のところを素通りした。プール上がったとたんに涙が とまらなくて。その時雄介さんが「お前何と戦ってるんだよ」とかって言われて、私答えられなかったんだけど、その言葉はすごい印象的。

何と戦っていたの?--

田中雅美:何だろう。うー―ン。何ですかね。自分だけど自分じゃなかったと思いますよね。きっと。もしかしたら自分と戦って負けてたのかも。

100m終わった後はすごい裏切られたって。--

田中雅美:うん、ずっと。200が終わった後に観客のミックスゾーンがあって、そこに行って、シドニーで初めて親と会って。親も苦しかったと思う。明日レースあるのに、全部終わったかのように私が泣いてしまって、母親もすごい苦しかったと思う。

裏切られた感、今は?--

田中雅美:思ってないです。救ってくれたのがリレーのメダル。やっぱりメダル取る取らないは全然違うし、取れた事によってまわりに与える影響も、周りからもらう言葉も全然違うので、そのことによって、個人のレースも前向きに振り返れる。オリンピック前までは、水泳が好きだから調子よくなりたいと思うし、金メダ ルもとりたいと思うし、やっぱり自分は好きなんだと思えたんだけど、リレーなかったら、逆に嫌いになってたんじゃないかな。リレーがあったから、水泳でもう1回やれるところを見てみたい気もする気になれた。

すごいことだったんだね。--

田中雅美:やっぱり終わってから気づきますね。本当、まわりに感謝ですね。

中大二人もいて、雅美ちゃん、大学4年間の集大成に見えた。--

田中雅美:うん。そうですね。

リレーと個人の切り替えできた? --

田中雅美:予選は全然切りかえられなかったです。心身ともに疲れていて、できることなら誰かにかわって欲しいくらいだった。予選は決勝に残ることを目標にって。結局、予選も私すごく遅くて、周りがすごい頑張って。大西さんも純夏も4人でやれば何とかなるかもしれないという気持ちが伝わってきたんで。私が1番弱気になっていた気がして。それじゃいけないと。精神的にダメになってたら、アップとかも適当になってたと思う。周りがやるぞっていう気持ちにさせてくれたとこもあって。

決勝は?--

田中雅美:決勝は絶対3番で入りたかった。アメリカとオーストラリアはけっこう。

 

 

リレーの結果は自分でびっくり?--

田中雅美:普通に泳げば普通に3番だったと思う。最初に真衣が、負ける選手いないはずなのに来ると思ってたら…私は2番目に泳ぐから、タッチ差だったから何も見えなくて、必死に泳いだかんじで。真衣の遅れたところも、順子さんが追い上げたり、純夏のタッチのところも演出してできるもんじゃない。

田中雅美:このあいだ三人で会ったときに言ってたんだけど、田村さんの金メダルも高橋さんの金メダルも感動したけど、うちらのメドレーリレーも感動いしたよねっって言い合えたのがよかった。真衣がついていてくれるっていう自信が自分達にとって強かった。順子さんは私は絶対このタイムで泳ぐからって言ってくれたんです。それは個人のタイムより速いタイム。純夏は45分前に50m泳いで、その後 待っててねとか言って、50m流すかなと思ったけど、一生懸命頑張ってて普通に召集所来てくれて、円陣組んで。チームワークよくて助けられた。

私オリンピックでジワっときたのが2回あって、1回はメドレーリレーでみんなが かけよったとき、ダーッて。--

田中雅美:ホントですか?すごいうれしい。人に感動与えられるってそんなにないですね。

次の日の朝の番組で、感動した人多かった。--

田中雅美:そのリレーのこともあって、感動したって言ってくれる人、いっぱいいます。言われたことが自分を救ってるんで、結局はみんなに助けられた。最後に笑顔で上がりたいですって言い続けてきて、いろんな人に最後の最後で上がれてよかったねって言われた。いろんな勉強させてもらったなと思うようにしています。

真衣ちゃんは号泣してたけど。--

田中雅美:(笑)そう。私がーって。あのインタビューを見たくない。私も恥ずかしい。自然にああやってやってるけど、カメラ通すと作ってるみたい。お姉さんぽくなりたくないのに、そう見えるのがいやだ。

私は雅美ちゃんの大学生活の4年間をそこに見たね。--

田中雅美:最後は助けてもらってね。

今は水泳が嫌いじゃない?--

田中雅美:うん。水泳もそうだし、頑張る事も。今は何かに対して頑張りたいっていう気持ちがすごい強い。オリンピックへのこだわりがここで強くなった。真剣にならないと、教えてくれる人、一緒に泳いでる人にも悪いから、本当にやりたいと思ったときにやろうと思ってる。もしやるんだとしたら、もう1回オリンピックで。ただ4年間だから、気持ちの変化もあるだろうし、環境も大事だと思うので、いろいろ整えば、もう1回狙ってみたい。

アトランタのときこうなると想像してた?--

田中雅美:アトランタの時とか、2年後くらいまでは、自分はオリンピックに出てもファイナリストレベルの気がしたし、実際そうだった。心のどこかで、海外の選手には勝てない気持ちあった。最後の1年で、真剣に狙う気持ちの変化がすごい成長させてもらった。アトランタ後は、1年ずつ目指していって4年後にオリンピックあって、それに、いい調子で迎えられたらいいですって。でも、もうすぐ22なんで、次狙うとしたら25。海外の選手から見たら、年取ってるほうでもないと思うし、今回も順子さんも頑張っていたんで。ま、慎重に考えて、頑張れたらなって思います。

シドニーは裏切られた気分もあったけど、最終的には救われた?--

田中雅美:今は、救われたというか、いろんな勉強させてもらった。苦しい思いは半端なくしたし、くやしい思いもしたし、うれしい思いもできた。

裏切られた感から抜けるのって、今くらいまで時間--

田中雅美:かかりましたね。終わった後は、もうやめよう、もうやりたくないって思ってたし、返ってきて1ヶ月半くらい。その間に自分でもエッと思うくらい、いろんな人が自分のこと知っててくれるんです。それで自分が自分にかけてあげられない言葉を人からかけてもらった。それでなんか、あーっと思って。手紙もいっぱいもらってみんなに感謝してます。きれいごととかじゃなくて。

どんな手紙がくるの?--

田中雅美:年齢もけっこう差があって。女の人からが多い。インタビュー見て、好意を持って書いてくる女の人多くて「苦しそうだったけど、最後にみんなでとれて よかったね」っていう手紙が多い。返事だそうと思って、はがきサイズだけど、出すようにしてる。でも最近止まってる。ちょくちょくいっぱいくるわけじゃないけど、たまたまがまたうれしい。