2018年6月28日放送

四谷三丁目駅 (東京都)

かつて花街として栄えた駅前

2018年6月21日放送

湯浅駅 (和歌山県)

津波防災の駅前

JR紀勢本線

和歌山県有田郡湯浅町、きのくに線の愛称で親しまれるJR紀勢本線の湯浅駅。
紀伊半島の西側に位置し、和歌山駅から南へ普通電車で40分余り、特急なら30分弱で、紀伊水道が切れ込んだ入り江の奥にあります。

今週の一句

白南風に開いて小さき蔵の窓
まどか

醤油醸造発祥の地

駅前から北西へ10分ほど歩いたところには、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された古い町並みが残っていて、その中を歩いていると一軒の醤油蔵「角長」から芳しい香りが漂ってきます。湯浅には古く、中国の宋から味噌の醸造法が伝わり、そこから醤油の醸造も始まりました。

稲むらの火

江戸時代の醤油商人濱口梧陵の銅像があります。濱口は1854年の冬の夜、安政南海地震で起きた津波が村を襲ったとき、稲むらと呼ばれる田んぼのワラの山に火をつけ、高台への避難路を示して村人を救いました。
この逸話は小泉八雲が書いた「稲むらの火(原題:A Living God)」によって広められ、“TSUNAMI”(津波)の言葉を世界に紹介することになりました。

村の復興

濱口梧陵は津波のあと、家も仕事も失った村人たちを自ら雇い、村を津波から守る堤防を築きました。今も残る広村堤防の建設は、被災した人々の生活の復興を支えるのと共に、津波の恐ろしい記憶を乗り越える心の復興としての役割も果たしました。

防災遺産

国連の定めた「世界津波の日」の由来になった「稲むらの火」の逸話のほか、広村堤や当時村人が避難した高台の広八幡神社、津波の記憶を伝えるために100年以上も続けられて来た「津波祭り」など、防災にまつわる継承が今も息づいていることから、広川町の防災遺産として今年5月文化庁から「日本遺産」の認定を受けることになりました。