男装の麗人・川島芳子がこの世に生を受けたのは、1907年。300年に渡り栄華を極めた中国・清王朝が滅びる直前のことでした。ラストエンペラー・溥儀の一族、という高貴な家柄に生まれた中国人の王女は、わずか7歳で日本人の養女となり、「川島芳子」としての生涯を歩むことに・・・。

 成人してからの彼女は、その奔放な振る舞いで世間の注目を集めました。あるときは、上海の夜の闇に現れる美貌の男装ダンサー。またあるときは、謀略渦巻く戦地で情報収集にはげむ女スパイ。さらには、政財界の大物との数々の艶聞・・・。虚実入り乱れたその風聞は、彼女がモデルのベストセラー小説「男装の麗人」にも盛り込まれ、川島芳子を一躍、時の人に祭り上げました。

 華やかな経歴の一方で、芳子が内面に深い孤独を抱えていたことは、あまり知られていません。戦火を交える日中の狭間で悩み苦しみ、その心のうちを綴った文章や詩句が、多く残されています。
 戦後、芳子は祖国中国で「売国奴」として捕らえられました。そして、1948年、銃殺刑に処され、40年の生涯を終えた、とされています。
 芳子の死をめぐっては、処刑直後から「替え玉ではないか」との疑惑が浮上。確たる証拠がないまま、その後も生存説は繰り返し囁かれてきました。



1907年(明40)
0歳
 清朝・粛親王家の第14王女として生まれる
1914年(大3)
7歳
 大陸浪人・川島浪速の養女となり日本へ
1921年(大10)
14歳
 信州・松本へ。馬で通学し話題となる
1924年(大13)
17歳
 突然断髪し、男装に
1926年(大15)
20歳
 蒙古王族のカンジュルジャップと結婚
1931年(昭6)
24歳
 上海事変など日本軍の謀略活動に関与
1933年(昭8)
26歳
 満州国義勇軍の総司令となる
1937年(昭12)
30歳
 天津で「東興楼」(レストラン)を開業。李香蘭と出会う。
1940年(昭15)
33歳
 日本軍から暗殺命令。九州に滞在
1945年(昭20)
38歳
 北京で「漢奸(売国奴)」として逮捕
1948年(昭23)
40歳
 “処刑”
          (年齢は推定)