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2010年10月16日

♯70「知られざる日本の原風景<Tンカ…」 編集後記


(取材中、撮影する松岡Dとハツコさん
茂みをセブリと勘違いしてチェックする利田D)


サンカ研究にのめりこんで10数年。昭和25〜30年頃に撮影された数枚の写真だけを手がかりに、休日に一人でフィールド調査を続けていました。
フィールド調査と言っても、あたりをつけた地域の老人の話を聞くと言う地味な作業です。老人の中には、昔サンカの手伝いをしていた人や、生まれたばかりの真佐子さん(番組に登場したサンカの女性)にミルクをあげた人、親族がサンカの娘さんと結婚された方、など、サンカの人々と深い付き合いをされていた方もいらっしゃいました。
ところが、後日もっと詳しい話を聞こうと再訪すると、亡くなってしまっている方が非常に多く、月日の流れる速さに愕然とすることもしばしばありました。

番組では、紹介しきれなかった真佐子さんのインタビューを抜粋します。

自分がサンカと知ったのは7〜8歳頃。一番古い記憶は弁天池で「歩行器」につかまって歩いていたこと。大勢の人に「かわいいね」とかわいがられました。
子供の頃は毎日遊んでいました。兄弟みんなで枇杷の木に登って枇杷を食べたこともあります。お腹がすくと近くの農家に遊びに行って、おにぎりを貰ってお腹が一杯になるまで食べました。七五三の時は農家の人に綺麗な着物を借りて、母ちゃんと一緒に神社に行って写真もとってもらいました。親とはぐれたアヒルの子供がいたので、父ちゃんに川の中に柵を作ってもらって飼ったこともありました。でも夜の内に野良犬に殺されていなくなってしまいました。

15〜17歳の頃、氷川神社の近くで、親と別の小屋に住んでいたことがありました。周りにはたくさんのテントがありましたよ。多分皆サンカだと思います。私が粉をこねてうどんを作っていたら男の人がジーっと覗いてるんだよね。「何してるのアンタ。お腹がすいているなら、うどんを作ってあげるからこっちにおいでよ」と誘ったけど、どこかに消えちゃった。で、しばらくするとまた覗いているんだよね。あの男もサンカだったのかなぁ。

(ディレクター 利田 敏)




福島に現役の"移動箕直し"がいるらしい・・・
にわかには信じがたい情報がブログに書かれているのを発見。
僕はすぐさまブログを書いた人に連絡を取り、その2日後ぐらいにはもう、福島県いわき市に降り立っていました。
ブログを書いたのがVTRにも登場した大工の加藤彰さん。
丸1日、日が暮れるまで"箕直し"探しに付き合って頂きました。
その翌日は2250円で半日乗り放題という超格安レンタカーを借り、
たった1人で朝から晩までそれこそ時間が経つのを忘れて走り回りました。
地元の人たちの話を総合すると、
30年ほど前まで、戦前に隔離病棟として使われていた建物があり、
そこに山の管理などをする通称「山番」が5〜6世帯ほど住み付き、
その人たちが"箕作り・箕直し"もやっていたそうです。
しかし、その建物があった場所は跡形もなく消えていて、
地図に載っていた道すら今は影も形もありませんでした。
今もやってくるという"箕直し"が彼らと関係があるのかは分かりませんが、
それにしも、彼らは一体、どこへ消えたのでしょうか・・・
路上で箕を直す、という光景はぜひとも一度は見てみたいものです。
また、興味深い話としては、
座敷用の「箒(ほうき)」を売り歩いているご老人もいるそうです。
柳田國男の「イタカ及びサンカ」にも、
「ササラまた箒などをも作りて売れど・・・」と書かれていて、
路上で目撃された"箕直し"の老人とも関係があるのでしょうか・・・
ある住民によると、その老人は「あと1〜2年で辞めるんだ」と話していたそうで、
残された時間は限りなく少ないのかもしれません。
いわき市の皆さん、どんな小さなことでも構いませんので
ぜひ、番組まで情報をお寄せ頂ければ幸いです。
また、今回の企画は多くの"職人"たちの手によってすばらしい作品に仕上がりました。
編集の小沼梨紗さん、横田容典くん、堀田剛司カメラマン、VEの渡辺達夫さん・・・
そして、今回のためだけにオリジナル曲を作ってくれた成本真衣子さん。
この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございました。

(ディレクター 松岡慶典)