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6月12日 「足利事件」と菅家利和さんに思う

6月4日。日本の司法が、この日を境に大きく揺さぶられています。

1990年、栃木県足利市で、4歳の女の子が殺害された「足利事件」。
この事件で逮捕され、無期懲役の判決で服役していた
菅家利和さんの「無罪」が確定、17年半という年月を経て釈放されたのです。

自供の矛盾点やDNA鑑定の正当性など、問題点の多かったこの事件を
「サンデープロジェクト」でも、ジャーナリストの大谷昭宏さんの取材で
何度も取り上げ、追いかけてきました。

今回、釈放4日目の菅家さんを、
「サンプロ」のスタジオにお招きすることになりました。


いつも本番が始まる直前、出演者が勢ぞろいしたとき、
時間があればゲストの方に声をお掛けすることが多いのですが、
今回は、……言葉が出ませんでした。

連日の報道で目にしていた菅家さんの姿。
でもその日、実際に目の前にいらっしゃった菅家さんは、
想像していたよりもずっとずっと小柄で華奢でした。
そして、くしゃっとした笑顔がとても清らかで、優しい印象の方でした。
少なくとも、受刑者としてよくニュースなどで流されていた
逮捕時の映像や、新聞に掲載されていた写真の印象とは、
かなり違った菅家さんの姿が、そこにありました。


討論でも、搾り出すようにして、言葉を懸命に紡ぐ菅家さん。
ご本人の表情と言葉に、いっそう胸が張り裂けそうになりました。

人の印象だけでもそれだけ違ってくるのですから、
当時の捜査がどうであったとか、DNA鑑定のどこに問題があったかとか、
私がとやかく指摘・批判できる問題ではありません。
報道されていること、インターネットや書籍からの情報は、
事件の一端でしかなく、一面でしかないのだと思います。

しかし、再鑑定・再審の請求が、裁判所によって放置され続けたということ。
その間に、時効が成立してしまい、
真犯人を逮捕することすら出来なくなってしまったこと。
そして結果として、17年半も、菅家さんと、周りの人々の、
なにものにも代えがたい尊い時間と可能性が、奪われてしまったということ。
その全てが、事実なのです。
虚しさを覚え、強い憤りを禁じえません。

制度の問題もあるかもしれません。
しかし、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は
どこへ行ってしまったのかと、
この事件からは感じずにはいられません。

お金という形での賠償ではとても済まされないものを
確実に奪ってしまう「制度」に、いったい何の意味があるのでしょうか。

取調べの可視化、DNA鑑定資料の保存義務化、時効の見直し。
日本の司法を巡る議論と改革は、山積です。
菅家さんの17年半のために、
また多くの人々の泣き寝入りが無駄にならないように、
多くが一から見直されるべきだと強く感じました。


菅家さんが1日でも早く、心安らかな日々を取り戻されることを、
それだけを、心からお祈りしてやみません。
   
 
    
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